私は蚊帳の外だった。みんながいつも話すような恋愛を私は経験したことがない。してみたいと何度思ってみても恋愛はできなかった。彼氏がいるってどんな感覚なんだろう。好きな人がいるってどんな気持なんだろう。私は空想の人物に思いを馳せる。
「ねぇかな」
私を呼ぶ声がする。
「なに、春佳」
弁当を机の上に乗せた春佳はどこか得意げな顔をしていた。
「私、彼氏できたかも」
「かも?かもってどういうこと?」
「んー、なんだろう。告白待ち……的な?」
「なにそれ」
私は苦笑した。
「最近もさ、よくデート行くんだよ」
「あれ。もしかして青木くん?」
「そうそう」
春佳は上機嫌に私の真向かいに陣取るように座ると包みを広げる。弁当箱のふたをあけると中には白米に卵焼き、ベーコン巻にレタス、ミニトマトが入っている。
「かなは彼氏作らないの?」
「作れるなら作ってるよ」
「かなはいつもそう言うよね」
「あ、私が紹介してあげようか?」
「結構です」
声を張り上げる。春佳はくすくすと笑った。
翌日、私は静寂の中で目を覚ました。アラームはとうの昔に鳴り終えている。私は大慌てで準備を済ませると駅まで走った。駅までは家から十分のところにある。私は階段を駆けて改札に入るといつも乗る電車を視認した。私は頭の中で走れメロスの一節(少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も速く走った。)を想起させた。電車がディオニスのように映ったとき私の目にセリヌンティウスはいなかったのだ。
「きゃっ」
私は小さな悲鳴を上げた。目の前にいた男の子に気が付かずぶつかってしまったらしい。私はどうやら勇者にはなれなかったようだ。
「す、すみません。急いでて、その」
私はあわてて起き上がると九十度ほどに上半身を傾かせた。続いて少年が立てあがる。
「気にしなくていいよ。それよりごめんね、僕のせいで電車に間に合わなかったよね」
「い、いえ。私が周りを見れてなかったのが悪いので」
私は恥ずかしくなってもう一言だけ謝ると駆け足でその場から離れた。