「気にしてないよ。というか、本当にとても美味しかった。俺、自分で思っていたよりもコーヒーが好きだったみたいだ。普段は紅茶ばかり飲んでいたから気付かなかった」


 あの日から、俺は家でも紅茶のかわりにコーヒーをいれてもらうようになった。もしかしたら、苦味を楽しめるようになったと気づけたのが嬉しかったのかもしれない。俺って案外子供味覚だったんだなぁと今さらながら思い知った。


(それに、楽しかったしな)


 こんなに活き活きと好きなものについて語る人にはじめて会った。聞いててとても気持ちがよかった。

 あまりにも熱心に語られたものだから、ためしに俺も自分自身でラテアートをしてみた。だけど、全く上手くできなかった。やはりあれは、相当な鍛錬を積まなければ会得できない特殊技能らしい。格好悪いし、イメージを崩したら悪いからリリアンには教えてやらないけれど。


「本当ですか? ……嬉しいです! エレン様が好きなものを知ることができて、本当に嬉しい! それで、今日は何をご用意しましょう?」

「前回と同じものを」

「かしこまりました! 気合を入れて準備するので、待っててくださいね!」


 満面の笑みを浮かべるリリアンを見つめつつ、俺は静かに息をつく。


(今日もまた、紋章を描いてくれるのかな?)


 ――――きっとそうなのだろう。その途端、口の中に甘みと苦味が広がって、心がとても穏やかになる。次いで、俺の反応を見ながら喜ぶリリアンの表情が目に浮かんだ。


 今思えば、このときには既に俺は沼に転げ落ちていたのだろう。足元から、ズブズブと周辺を囲われて。
 だけど、そのあまりの心地よさゆえ、ちっとも気づけずにいた。