「まあつまり、次からは忘れずにシフト表をもらって帰れよ。おまえが言えば、どの店員でも喜んで渡してくれるだろうからさ」

「それは、リリアンさんが俺のことを推しているからですか?」

「そういうこと。いやぁ、あの一回でおまえに理解してもらえてよかったよ。だって、趣味が高じて店まで出す人間なんてそういないだろう?」

「……先輩、やっぱりあの店のオーナーはリリアンさんなんですか?」


 だとすれば、彼女の身分はやはり平民ではない。あんな一等地に店を出せる人間はそういないし、立ち居振る舞いや醸し出す雰囲気から、只者ではないと感じていた。具体的にどういった家格の人間なのか、さすがにわからないけれど。


「いやいや、俺には詳しいことはわからないよ。単にそれっぽい話を聞いたってだけ。詳しいことは本人に聞いたほうがいいんじゃないかな?」

「どうでしょう? 教えてくれますかね?」


 あの子は己のすべてを開示しているようでいて、案外秘密主義者な気がする。情報をたくさん出すことでいちばん大事な部分を隠そうとしているような、そんな印象を。


「とりあえず、おまえに会えるとリリアンちゃんは喜ぶ。リリアンちゃんが喜ぶとみんなが嬉しい。まあ、おまえ自身がもう一度行くって約束したんだ。激務へのささやかなご褒美ってことで、よろしく頼むよ」


 先輩はそう言ってそそくさと身を翻す。どうやら一緒に行ってくれるつもりはないらしい。


「……いや、男一人でカフェには入りづらいと言っていたのは、どこの誰でしたっけ」


 俺の抗議の声は、先輩にはちっとも届かなかった。