「あっ……すみません、わたしったら。エレン様が優しいのをいいことに、いつまでも長々と話してしまって。せっかくのコーヒーが冷めてしまって」

「え? ……ああ、俺は気にしないよ」


 俺が笑ったことを呆れたと受け取られてしまったらしい。リリアンは頬を真っ赤に染め、ティーカップに向かって手を伸ばす。けれど、間一髪。俺がティーカップを奪い取った。


「あっ……あの! 新しいカプチーノにお取り替えしますから!」

「いいよ。気にしないって言っただろう? というか俺はこれがいい。これが飲みたいんだ」


 これまで俺はなにかに執着したことはない。これがいいとか、これが欲しいという感覚がよく分からなかったし、こういうときはあっさりと相手の言い分を聞くタイプの人間だった。
 けれど、自分でも不思議なことに、俺は今、目の前のこのティーカップを奪われたくない。絶対に渡したくなかった。


「ダメです、困ります! エレン様が気にしなくても、わたしが気になります! だって、エレン様には一番美味しい状態で、美味しいコーヒーを召し上がっていただきたいんです!」