「それだけじゃないぞ。ほら、見ろよ。クロスとかカーテンとか、色んなものにあの子の刺繍が入っているんだって。なんでも、好きが高じて縫いまくっちまったらしいんだ。それを、せっかく店をはじめるからってことで持ってきたらしくてさ」


 俺は思わずあっけにとられてしまう。それが本当ならすごいことだ。
 どれだけ好きでも、これだけ同じ模様を刺せば飽きるだろうに。なにが彼女を突き動かすのだろう? 目を丸くしていたら、先輩がニヤリと口の端を上げた。


「おまえが得意な魔法、だよな」


 揶揄するような声音。俺は密かに息を呑んだ。


「そんな、まさか」


 と言いつつ、先ほどのリリアンの勢いを思い出すと、にわかには否定できない。


(まさか、本当に俺を想って刺したのだろうか? 一度も直接会ったことがなかった俺を想って?)


 そんな価値、俺にはないはずなのに。
 というより、どうやって俺のことを調べているのだろう? どんな魔法が得意なのか、よく使用するかなんて、一般人には知り得ない。魔術師団の記録を逐一チェックしなければ、わからないような内容なのに。


「おーーいエレン、俺はただ『おまえが得意な魔法』としか言ってないぞ? 別に、あの子がおまえのことを思って刺したとまでは言及してないんだけどな」

「……言われてみればそうですね」


 ほんの十数分の間に随分とリリアンに毒されていたらしい。誰かの言動や行動に引きずられるなんて、いつもの俺らしくない。
 けれど、それは決して不快な感情ではなかった。