わたしの誕生日から2カ月が過ぎたある日のこと、わたしはエレン様とともにお父様の執務室にいた。


「――――それではこちらにご署名を」


 お父様や担当文官、ヨハナやジーンたちの見守るなか、わたしたちは一枚の書面にサインをする。ドキドキして、ブルブルと震えるわたしの左手を、エレン様がギュッと握ってくれる。

 人生を左右する大事な書面なのに――――書き上がったわたしの字は、ヘニャヘニャで、インクよれなんかもあって、なんとも情けないものだった。対するエレン様の文字は、完璧で麗しい彼そのもの――――惚れ惚れするほど美しい。


「ねえ、書き直しちゃダメ? もっと綺麗に書きたいんだけど」


 文官から書面を取り上げ、唇を尖らせていると、隣でエレン様がクスクスと笑い声を上げた。


「ダメですよ。俺たちにとって、とても大事な書類なんですから。それに、このほうがヴィヴィアン様の緊張が伝わってきて俺は好きです」

「うぅ…………そう言ってくれるのは嬉しいけど、わたし皇女だもん。こんな情けない文字を後世に残すのはどうなのかな? って思うわけで」


 ただ名前を書くだけ。ただ婚約を結ぶだけ。
 それなのに、ドキドキして、文字を上手に書けなくなってしまう――――だって仕方ないじゃん。大好きな人と婚約するんだもん。嬉しいもん。緊張するもん。