――――そうだよ。エレン様はわたしを知らない。知るはずがない。
 だって、わたしは――――ヴィヴィアンは、エレン様にほとんど会ったことがない。
 彼と直接話をしたのは誘拐で救ってもらったときと、十六歳の誕生日の夜、それからお茶会やご自宅を訪問したときぐらい。会っても、できる限り本当の自分を見せないようにしてきたんだもの。

 だから、ヴィヴィアンという人間が本当はこんなにも子供っぽくて、いつも一人でぐるぐる悩んでいて、エレン様に全然ふさわしくない人間だってこと、エレン様は知らない。というか、このまま知らないでいてほしい。

 そして、願わくばこのまま偽りのわたしを好きでいてほしい。皇女として完璧に見えるわたしを。エレン様が好きになったわたしを――――なんて、そんなのあまりにもずるい考えだ。自分で自分が嫌になる。


「っ……うぅ……」


 知らなかった。わたしが結婚を拒否していたのは、わたしよりももっとエレン様にふさわしい人がいるんじゃないかっていう思いも当然あったけど、それ以前の問題だったのかもしれない。

 わたし、本当は怖かったのかな。エレン様に幻滅されてしまうことが。本当のわたしを知られたあと「こんなはずじゃなかった」「嫌いだ」って思われたくなかったのかも。

 だからこそ結婚が嫌で。怖くて。必死に逃げ回っていたのかもしれない。そう考えるととてもしっくり来る。