推しというのは本来、遠くに在りて愛でるもの。会話をしたり、触れられるような存在ではない。手の届かない偶像。天使。神様にも等しい存在である。

 ファンというのはそんな至上の存在である推しを愛で、推しを尊び、遠くから一方的に愛を叫びつつ、推しの生活を陰日向からバックアップし、推しの喜びを己の喜びとする生きものだ。決して見返りを求めちゃいけないし、存在を認識されることすら必要としない。少なくともわたしはそう思っていた。

 それなのに、ここ最近のわたしときたら、エレン様に誕生日を祝ってもらい、名前を呼んでいただいたうえ、ダンスを踊っていただき、お茶をし、求婚され、抱きしめられ、可愛いと言われ――――どう考えても行き過ぎている。

 つまり、ここ数日でいきなりエレン様との距離感がバグった結果、わたし自身にもバグが生じてしまったのだろう。だとしたら、こうしてわたしが困惑しているのも仕方がない気がする。


「失礼いたします。カプチーノを2つ、お持ちしました」


 物思いにふけっていたら、ヨハナがさっさと注文の品を持ってきてしまった。
 テーブルには2つのコーヒーカップ。今から席を外すのはあまりにもよろしくない。わたしは大人しく居座ることを決めた。