「ヴィヴィ、早まるな。一旦落ち着いて話をしよう」


 とそのとき、お父様が戻ってきたため広間の視線がこちらに集中してしまった。みんな一様にこちらに向かってお辞儀をし、何ごとだと耳を澄ませているのがよくわかる。わたしはハッと居住まいを直した。


「まあ、お父様ったら……わたしは早まってなんていないし、冷静そのものよ」


 なんて、本当は嘘。少しだけ頭に血が上っていたのかもしれない。
 だって、エレン様があまりにも気の毒で。わたしと結婚させられてしまうと思っていらっしゃることがかわいそうで。早く解放してあげたかったんだもの。

 だけど、よく考えたら公衆の面前で結婚する・しない云々の話をするのはダメだ。エレン様の名誉に関わる。わたしの名誉はどうでもいいけど、エレン様の名誉だけは守らなきゃならない。命にかえても絶対に守らなきゃならない。


「あの……エレン様、夜会が終わったあと、少しお時間をもらえませんか? 父の部屋でお茶でもどうでしょう? あなたにお見せしたいものがあって」


 とりあえず場所は改めるべきだろう。
 未だ周囲の耳目は集まったままだし、相手は好奇心旺盛な貴族たちだもの。わたしの部屋に案内するって話したら、変な噂をたてられかねないし、お父様の部屋へという部分を強調しつつ、わたしはそっと首を傾げた。


「もちろん、是非うかがわせてください。ただ――――どうせなら、ヴィヴィアン様の部屋にうかがってみたいです。せっかく婚約するのですから……それとも、まだ早いでしょうか?」


 だけど、エレン様が口にしたのは思いがけない――――本当に思いがけないことだった。