「お〜〜い、エレン()!」

「……なんですか、先輩? その呼び方。いつも呼び捨てですよね?」


 それはヴィヴィアン様を屋敷に招いた翌日のこと。俺に声をかけてきたのは、以前カフェを紹介してくれた先輩だった。


「え? だっておまえ、皇女様と結婚するんだろう? ってことは、俺にとっては雲の上の人、お偉いさんになるわけじゃん? 今から敬称付きで呼んだほうがいいかな? って思ってさ」

「…………」


 先輩はそう言ってニコニコと機嫌よさげに微笑んでいる。俺は思わずふ、と笑ってしまった。


「いやぁ、まさかおまえが皇女様と結婚するとは思わなかったよ〜。ラッキーだったなぁ、俺。おまえがまだ若手の段階で同じ部署になれてさ。今から仲良くなろうっていっても難しかっただろうし、本当にツイてるよ」

「……そうかもしれませんね」


 俺の返答に驚いたらしい。先輩はほんのりと目を丸くした。


「珍しいなぁ。いつもなら『そんなことありません』って謙遜して返すくせに」

「いえ、先輩の存在については、俺も思うところがありますから」

「なんだよ思わせぶりな。そんなふうに言われたら気になるじゃん」


 先輩はブーブー言いつつ、けれど楽しそうに笑う。


「だったら遠慮なく。先輩――――あなたの雇い主は誰ですか?」