***
いよいよ暑さが厳しくなってきたある土曜日
未央のもとに淳平からLINEがきた。今晩両親とも不在のため、一緒に夕食を食べないかという内容だった。
普段土日はあまり会わないため、未央は飛び上がって喜んだ。しかし、何を食べにいこうか?詩織とよく使うファミレスはさすがに色気がなさすぎるだろうか?悩んでいるうちに予定時刻が近づき、とりあえず一旦、いつもの非常階段で落ち会おうという話になった。
未央の家も、海は大学の友人たちと遊びに、父と母は仲良くドライブに出ていて留守だった。未央が念入りに身支度して家を出ると、玄関の鍵を閉めたところで「おつかれ」と声をかけられた。早く支度の終わった淳平が待ちきれず高橋家まで迎えにきていた。
「海くん、今日いないの?」
「うん、最近ずっと帰り遅い。遊びとかバイトとか。
すごくイキイキしてるよ」
「そうなんだ。....あ」
こんばんは、と急に畏まって言う淳平の視線の先に、未央の母がいた。淳平の姿を確認するなり瞳をキラキラさせる母を見て、未央は嫌な予感がした。
「ヤッダーーーーーッ!!!
淳平くん、また大きくなった?!
うっわ、かっこい!!ね、モテるでしょ?ね?!
やっぱり牛乳たくさん飲んだ?
海もいっときはいっぱい飲んでたのにねぇどこで差がついちゃったのかしらねぇー!」
「お母さん!やめて、声大きいから!」
話を聞くと未央ママは、レイトショーを観に行くという父と別れて先にひとりで帰ってきたらしい。
未央が諌めるも、もぉこの子は〜!と全く意に介していない様子で未央ママは続ける。
「ところで、今夜はご飯あるの?
高校入ってからめっきり来なくなったけど、うちならいつ来てもいいんだからね!」
「あ、ほんとですか?
...いいの?(未央を見ながら)」
「いいのよ〜そんなこと!
ただ、この子、私の前だと淳平くんを呼ぶの恥ずかしいって言って聞かないのよね。
そうだ、淳平くんちお邪魔したら?
こないだちょうど神木さんが未央をお家に呼びたいって言ってたよ。なんかねぇ最近ブリザーブドフラワー習い始めたんだって。お部屋のあちこちに飾るけど淳平くんはあんまり興味持ってなくてそもそも土曜も部活行ってるでしょ?だからーー」
「わかったから!!!」
結局、未央ママが出先で調達したデパ地下のポークソテーとフレッシュサラダ、予約炊飯していた炊き立ての白米まで、タッパーに取り分けされて持たされてしまった。
「.....じゃあ、うちで食ってく?」
***
久しぶりにお邪魔した神木家は、幼い頃の記憶とさして変わらず、写真立てやトロフィーが増えているくらいだった。
未央たちは母から待たされた夕食を食卓の上に置き、一旦荷物を置きに淳平の部屋に入った。
「懐かしい..」
「そう?最後に来たの、いつだったかな」
未央は首を横に振って覚えていないの旨を伝える。
部屋は至ってシンプルで、装飾品はほとんどなく、カーテンや家具からもこだわりのようなものは全く感じられない。それなりに整理されてはいるが、本棚の所々に無造作に積まれた雑誌やメモ帳やボールペンがあったり、おそらく中学の修学旅行で買ったものであろう埃を被ったスノードームがあったりと、片付けに無頓着な高校生らしさの詰まった部屋だ。
室内をマジマジと見渡す未央の目は、これ以上ないくらいキラキラしている。
「淳平の匂いがめっちゃする」
「うわ、なんか、恥ずいな..」
「机の上、見ても大丈夫?」
「ん」
未央は勉強机の側の床に自分の荷物を置きながら、机の上を眺めた。積まれた教科書やノート類の一番上に、先日のテストの出題範囲が書かれた紙が置いてある。ペン立ての中はシャーペンと赤と黒のボールペンだけと非常にシンプルだ。さまざまなマーカであれこれ書き足しながらノートを取る未央には考えられない少なさである。
至る所に淳平らしさが垣間見えて、未央から思わず笑みが溢れる。
そういえば部屋に入ってすぐの壁際のコルクボードに何枚か写真が貼られてたな、とふと思い出し、未央が振り返ると、思っていたよりも近くに淳平がいた。
未央の肩越しに机の上を眺めていたようだ。
至近距離で目が合うと、ぽつりと淳平が言った。
「...今日まだだよな」
ほんの数秒、間を要したが、未央はすぐに何のことだかわかった。途端に緊張で身体が硬くなる。ここ2週間とすこし、毎日していることなのに依然慣れない。思わず、彼の顔から視線を逸らした。
「なんか、緊張する... 毎日してるのに」
「まぁ、場所が、な...」
「言わないで...!」
淳平はフッと短く息を吐くと、意を決したように言葉を続けた。
「約束したように、あらかじめ言っとくな。
今日、たぶんちょっと、いつもより触るかもしんないけど、いい?」
未央は机と淳平に挟まれて、おまけに視線でも捕らえられて身動きが取れない。正直、嬉しい提案でもあり、これから未知に遭遇するかもしれない怖さもあった。
「い、いいけど、
やめてって言ったらやめてね?」
「おう」
言いながらすでに額同士はくっついていた。視線が絡まる。
背後から淳平が未央を抱き込む形で身体がくっつく。未央が見上げたところに淳平が少ししゃがんで、唇を合わせた。
人目を気にせずにする初めてのキス。最初は普段通りついばむようなものだったが、すぐに深くなった。
淳平が後ろから被さる姿勢だとどうしても浅いままなので、キスを続けながら未央は自ずと後ろに向き直ろうとした。初め机についていた淳平の左手が、未央の腰を掴んで自分の方に向き直るのを助けた。ふたりとも、お互いの背中に手を回す。
どちらもほとんど目を瞑っているのに、一連の動きは至ってスムーズでいかにも本能的だった。
今やこれ以上なく深く口付けていて、隙間からどちらのものかもわからない吐息が漏れていた。
ふいに、同じタイミングで唇が離れた。息が荒い。ほとんど目と鼻の先で顔を合わせ、お互いの熱い息がかかる。
「ハァ、ハァ..... 淳平」
「...ヤバい、未央、その顔」
「....?」
「.......エロ」
思わず淳平の胸に顔を埋める。なかなかの勢いで頭突きされた形となり、淳平から小さく「痛っ」と声が漏れた。
「...未央、顔見せて」
「無理無理無理」
「もうやめとく?」
おもむろに、淳平の大きな手のひらが未央の髪を撫でる。未央は淳平の胸に顔を埋めたまま、心地よさに目を細めた。
少しして、胸に顔を押し付けたままのくぐもった声が聞こえた。聞き取れなかったので淳平が聞き返すと、未央が見上げて言った。眉根を寄せて、少々困った表情に見える。
「こんなに、誰にもバレない場所でキスできることってあんまりないから...」
「続ける?」
未央の意外な誘いに、淳平は思わずニヤリと笑ってしまった。見上げた未央がさらに続ける。
「だから.....今しかできないやつ、いっぱいしよ?」
「.....未央、それ、素?」
普段は物静かで、控えめで、我を通すことは決してしない優等生。昔からよく知る幼馴染でも見抜けなかった、未央の素の煽りスキルに、淳平は意表を突かれた。
未央も未央で、今まで秘めていたものを淳平に開示することに、これまでにない気持ち良さを感じていた。
(ああ、こんな一面も見れるのか..)
お互いに胸がキュッとなる。
引き寄せられるようにキスを再開した。
そのうち未央は抱き抱えられて、背後の机に腰掛ける形となった。未央の左右の脚が淳平の身体を挟む。キスをしながら淳平の手が、頬に、膝に、太ももに触れる。
乱暴すぎるほどの刺激に、お互い自分の身体の変化に気づいていた。
「だめだ」
今やお互い、荒い息遣いを隠すこともしなくなっていた。初めての扉を開きかけている、未央がそう思いかけた瞬間に、淳平のほうから声があがった。
「ヤバい。俺がギブ。今日はちょっと」
「やめちゃうの?」
「だからその煽る感じやめてくれ。エロ過ぎ。
その.....あれだよ」
「?」
「ゴム、がないから」
その現実的な響きに、未央は思わず唾を飲んだ。そうだ、これ以上できない。身体がもう準備しはじめている。淳平の方はさすがに目視で確認できないが、つまりそういうことなのだろう。
「淳平」
「なに?」
「大好き」
「だから、煽んのやめろって」
お互い身体が落ち着くまでと、キスを中断して他愛のない話をした。
そうしていると間もなく玄関からガチャリと音がして、人の声がした。あの甲高い声はきっと淳平の母だ。
慌ててふたり身体を離し、身なりを整える。未央が髪の乱れを整えていると、淳平が小声で(顔)と言った。
何のことだろうと思って聞き返すと、額を小突かれて、
「目がまだトロっとしてる」
と、笑われた。
(淳平だって..)と少し不服ではあったが、淳平の母に勘づかれてはさすがに気まずい。
未央は両手で頬をパチンと叩いて気を引き締めた。
いよいよ暑さが厳しくなってきたある土曜日
未央のもとに淳平からLINEがきた。今晩両親とも不在のため、一緒に夕食を食べないかという内容だった。
普段土日はあまり会わないため、未央は飛び上がって喜んだ。しかし、何を食べにいこうか?詩織とよく使うファミレスはさすがに色気がなさすぎるだろうか?悩んでいるうちに予定時刻が近づき、とりあえず一旦、いつもの非常階段で落ち会おうという話になった。
未央の家も、海は大学の友人たちと遊びに、父と母は仲良くドライブに出ていて留守だった。未央が念入りに身支度して家を出ると、玄関の鍵を閉めたところで「おつかれ」と声をかけられた。早く支度の終わった淳平が待ちきれず高橋家まで迎えにきていた。
「海くん、今日いないの?」
「うん、最近ずっと帰り遅い。遊びとかバイトとか。
すごくイキイキしてるよ」
「そうなんだ。....あ」
こんばんは、と急に畏まって言う淳平の視線の先に、未央の母がいた。淳平の姿を確認するなり瞳をキラキラさせる母を見て、未央は嫌な予感がした。
「ヤッダーーーーーッ!!!
淳平くん、また大きくなった?!
うっわ、かっこい!!ね、モテるでしょ?ね?!
やっぱり牛乳たくさん飲んだ?
海もいっときはいっぱい飲んでたのにねぇどこで差がついちゃったのかしらねぇー!」
「お母さん!やめて、声大きいから!」
話を聞くと未央ママは、レイトショーを観に行くという父と別れて先にひとりで帰ってきたらしい。
未央が諌めるも、もぉこの子は〜!と全く意に介していない様子で未央ママは続ける。
「ところで、今夜はご飯あるの?
高校入ってからめっきり来なくなったけど、うちならいつ来てもいいんだからね!」
「あ、ほんとですか?
...いいの?(未央を見ながら)」
「いいのよ〜そんなこと!
ただ、この子、私の前だと淳平くんを呼ぶの恥ずかしいって言って聞かないのよね。
そうだ、淳平くんちお邪魔したら?
こないだちょうど神木さんが未央をお家に呼びたいって言ってたよ。なんかねぇ最近ブリザーブドフラワー習い始めたんだって。お部屋のあちこちに飾るけど淳平くんはあんまり興味持ってなくてそもそも土曜も部活行ってるでしょ?だからーー」
「わかったから!!!」
結局、未央ママが出先で調達したデパ地下のポークソテーとフレッシュサラダ、予約炊飯していた炊き立ての白米まで、タッパーに取り分けされて持たされてしまった。
「.....じゃあ、うちで食ってく?」
***
久しぶりにお邪魔した神木家は、幼い頃の記憶とさして変わらず、写真立てやトロフィーが増えているくらいだった。
未央たちは母から待たされた夕食を食卓の上に置き、一旦荷物を置きに淳平の部屋に入った。
「懐かしい..」
「そう?最後に来たの、いつだったかな」
未央は首を横に振って覚えていないの旨を伝える。
部屋は至ってシンプルで、装飾品はほとんどなく、カーテンや家具からもこだわりのようなものは全く感じられない。それなりに整理されてはいるが、本棚の所々に無造作に積まれた雑誌やメモ帳やボールペンがあったり、おそらく中学の修学旅行で買ったものであろう埃を被ったスノードームがあったりと、片付けに無頓着な高校生らしさの詰まった部屋だ。
室内をマジマジと見渡す未央の目は、これ以上ないくらいキラキラしている。
「淳平の匂いがめっちゃする」
「うわ、なんか、恥ずいな..」
「机の上、見ても大丈夫?」
「ん」
未央は勉強机の側の床に自分の荷物を置きながら、机の上を眺めた。積まれた教科書やノート類の一番上に、先日のテストの出題範囲が書かれた紙が置いてある。ペン立ての中はシャーペンと赤と黒のボールペンだけと非常にシンプルだ。さまざまなマーカであれこれ書き足しながらノートを取る未央には考えられない少なさである。
至る所に淳平らしさが垣間見えて、未央から思わず笑みが溢れる。
そういえば部屋に入ってすぐの壁際のコルクボードに何枚か写真が貼られてたな、とふと思い出し、未央が振り返ると、思っていたよりも近くに淳平がいた。
未央の肩越しに机の上を眺めていたようだ。
至近距離で目が合うと、ぽつりと淳平が言った。
「...今日まだだよな」
ほんの数秒、間を要したが、未央はすぐに何のことだかわかった。途端に緊張で身体が硬くなる。ここ2週間とすこし、毎日していることなのに依然慣れない。思わず、彼の顔から視線を逸らした。
「なんか、緊張する... 毎日してるのに」
「まぁ、場所が、な...」
「言わないで...!」
淳平はフッと短く息を吐くと、意を決したように言葉を続けた。
「約束したように、あらかじめ言っとくな。
今日、たぶんちょっと、いつもより触るかもしんないけど、いい?」
未央は机と淳平に挟まれて、おまけに視線でも捕らえられて身動きが取れない。正直、嬉しい提案でもあり、これから未知に遭遇するかもしれない怖さもあった。
「い、いいけど、
やめてって言ったらやめてね?」
「おう」
言いながらすでに額同士はくっついていた。視線が絡まる。
背後から淳平が未央を抱き込む形で身体がくっつく。未央が見上げたところに淳平が少ししゃがんで、唇を合わせた。
人目を気にせずにする初めてのキス。最初は普段通りついばむようなものだったが、すぐに深くなった。
淳平が後ろから被さる姿勢だとどうしても浅いままなので、キスを続けながら未央は自ずと後ろに向き直ろうとした。初め机についていた淳平の左手が、未央の腰を掴んで自分の方に向き直るのを助けた。ふたりとも、お互いの背中に手を回す。
どちらもほとんど目を瞑っているのに、一連の動きは至ってスムーズでいかにも本能的だった。
今やこれ以上なく深く口付けていて、隙間からどちらのものかもわからない吐息が漏れていた。
ふいに、同じタイミングで唇が離れた。息が荒い。ほとんど目と鼻の先で顔を合わせ、お互いの熱い息がかかる。
「ハァ、ハァ..... 淳平」
「...ヤバい、未央、その顔」
「....?」
「.......エロ」
思わず淳平の胸に顔を埋める。なかなかの勢いで頭突きされた形となり、淳平から小さく「痛っ」と声が漏れた。
「...未央、顔見せて」
「無理無理無理」
「もうやめとく?」
おもむろに、淳平の大きな手のひらが未央の髪を撫でる。未央は淳平の胸に顔を埋めたまま、心地よさに目を細めた。
少しして、胸に顔を押し付けたままのくぐもった声が聞こえた。聞き取れなかったので淳平が聞き返すと、未央が見上げて言った。眉根を寄せて、少々困った表情に見える。
「こんなに、誰にもバレない場所でキスできることってあんまりないから...」
「続ける?」
未央の意外な誘いに、淳平は思わずニヤリと笑ってしまった。見上げた未央がさらに続ける。
「だから.....今しかできないやつ、いっぱいしよ?」
「.....未央、それ、素?」
普段は物静かで、控えめで、我を通すことは決してしない優等生。昔からよく知る幼馴染でも見抜けなかった、未央の素の煽りスキルに、淳平は意表を突かれた。
未央も未央で、今まで秘めていたものを淳平に開示することに、これまでにない気持ち良さを感じていた。
(ああ、こんな一面も見れるのか..)
お互いに胸がキュッとなる。
引き寄せられるようにキスを再開した。
そのうち未央は抱き抱えられて、背後の机に腰掛ける形となった。未央の左右の脚が淳平の身体を挟む。キスをしながら淳平の手が、頬に、膝に、太ももに触れる。
乱暴すぎるほどの刺激に、お互い自分の身体の変化に気づいていた。
「だめだ」
今やお互い、荒い息遣いを隠すこともしなくなっていた。初めての扉を開きかけている、未央がそう思いかけた瞬間に、淳平のほうから声があがった。
「ヤバい。俺がギブ。今日はちょっと」
「やめちゃうの?」
「だからその煽る感じやめてくれ。エロ過ぎ。
その.....あれだよ」
「?」
「ゴム、がないから」
その現実的な響きに、未央は思わず唾を飲んだ。そうだ、これ以上できない。身体がもう準備しはじめている。淳平の方はさすがに目視で確認できないが、つまりそういうことなのだろう。
「淳平」
「なに?」
「大好き」
「だから、煽んのやめろって」
お互い身体が落ち着くまでと、キスを中断して他愛のない話をした。
そうしていると間もなく玄関からガチャリと音がして、人の声がした。あの甲高い声はきっと淳平の母だ。
慌ててふたり身体を離し、身なりを整える。未央が髪の乱れを整えていると、淳平が小声で(顔)と言った。
何のことだろうと思って聞き返すと、額を小突かれて、
「目がまだトロっとしてる」
と、笑われた。
(淳平だって..)と少し不服ではあったが、淳平の母に勘づかれてはさすがに気まずい。
未央は両手で頬をパチンと叩いて気を引き締めた。
