***
「神木、すっげーぬりーってずぅっと思ってたけど、やるじゃん!!」
「詩織、声落として..!」
放課後、公立図書館の喫茶エリアで、未央と詩織は勉強の合間の休憩を取っていた。
喫茶エリアは図書館で唯一、飲食とちょっとした雑談が可能な場所で、他所の中高生も思い思いに勉強の疲れを癒していた。
未央は先日の保健室での一件を詩織に話した。村松が荷物を持ってきてくれたこと、それを淳平が誤解したこと、その勢いでキスしたこと、その後謝られたこと、改めて淳平から告白されたこと、そしてこれからは毎日キスする約束をしたことーー
場所が場所なだけに、慎重に、極めて小さな声で話して聞かせたが、展開が進むほどに詩織のテンションは上がってゆき、それに比例して大きくなる声量に未央はハラハラし通しだった。
「てかさ未央、村松に本当になんもされてないわけ?それで神木がそこまで変わる?私の予想だとー」
「もういいから!」
村松に触れられそうになったことは詩織には伝えていない。直接「好きだ」と言われたわけでもないし、村松の面目もあるかと思うと伝える気になれなかった。
詩織の話によると、元々帰りのホームルームが終わったら詩織が未央の荷物を運ぶつもりだったらしい。ところが、詩織の所属するバドミントン部の先輩に捕まってしまい、部室の忘れ物の話だったり、休み明けの練習メニューの話だったりで拘束されている間に、村松が酒井の了承を得て保健室へ向かった、とのことだった。
「村松、やっぱりクロだったでしょ?」
「クロ?」
「えーだから、未央に惚れてんでしょ?」
「...そんなわけないでしょ、あんなちゃんとした人..」
「淳平もちゃんとしてんじゃん。
それとも"村松クンはとっても立派で、私にはもったいない"って精神?それこそ淳平が知ったらショックで卒倒すんじゃね?」
「いい加減にしてよ..!」
詩織の少々行きすぎた表現にドキッとするが、中々的を射ているため、宥めながらも未央は自分の心の中のモヤモヤの正体を見極めようとしていた。
図書館での勉強を終え、19時頃に自宅に着いた。淳平は今日は先に帰っている。そして、約束通り、このあと日付を跨ぐ前にあの非常階段で落ち合う予定である。
***
件の保健室の日
逃げるように保健室を後にしたふたりだったが、道中でもう一度あの3つの約束を確かめ合った。
未央と淳平の家は同じマンションの階数違いで、未央は5階、淳平は8階である。
普段はマンションに入ると真っ直ぐエレベータに乗り、5階で未央が降りる際にまたねと声をかけて別れているが、その日はいつもと違った。エレベータに乗る前からふたり揃ってキョロキョロとあたりを見回し、普段はあまり入らない駐輪場や郵便受けのスペースをチェックするなどして、監視カメラ含め、人目のつかない場所を探している。今後、帰宅時間がずれた日に、落ち合ってキスする場所を探すためなのだが、未央は我ながら不審極まりないなと思った。
マンションは思いのほか人目から死角になる場所が少なかった。監視カメラに映ったり、見ず知らずの歩行者に見られたところでどうなるというわけでもないが、思春期の未央たちには大問題だった。良さそうな場所がないと未央が諦めかけているときに、淳平が小さく「あ」と声を漏らした。
「祭りのときの場所はどうだろ」
以前、といっても小学校3〜4年生くらいのとき、高橋家+淳平で夏祭りに行く予定が、未央が風邪で熱を出して行けなくなったことがあった。未央は泣いて両親にせがんだが、悪化しても困るし、淳平に伝染ったらもっと悲惨だと説得された。出発予定時刻になり、高橋家の玄関まできた淳平は、海にことの顛末を伝えられて未央と同じく肩を落とした。その様子をみてあんまり不憫に思った未央の母が「花火くらいは一緒にみても良いんじゃないか」と提案した。
未央たちのマンションの住戸は東向きで、夏祭りの開催場所および花火の打ち上げエリアの反対側に面している。つまり住戸の窓からは祭りや花火の様子は窺えない。しかし、各戸の玄関を出た共有部分の外廊下から、もしくは南側の非常階段からはドンピシャで花火が見えた。
話し合った結果、未央たちは非常階段の6階と5階の間の踊り場で花火を見た。マンション自体は12階建で、屋上および上階のほうにはもっとギャラリーがいる様子だったが、中途半端な階数である5階6階は未央たちだけだった。未央はマスクと去年買ったお面を頭につけていったところ、淳平も頭に昨年のお面を持参してきていてふたりで笑った。未央の母が雰囲気だけでもと、プラスチックカップにメロンソーダとバニラアイスを落としたものと、冷凍庫に眠っていたたこ焼きを温めて持ってきてくれた。階段にそれらを置いて時折つまみながら、ふたり並んで手すり越しに花火を見た。
今、高校1年生になったふたりは改めてその場所にきた。手すりや階段の段差が当時よりもずっと低く感じる。でも、今まで見て回ってきたどの場所よりも、それぞれの自宅から近く、人目につかない、とお互い思った。
「あのあと、結局純平にも風邪うつっちゃったよね」
「ミスって同じメロンソーダ飲んでたしな」
今は、あの祭の夜よりもあたりは静かで人気がない。外は真っ暗までもいかないが、西の方にほんの少しだけ夕陽の気配を残した濃紺の空で、手すりの向こうに広がる住宅街はそれぞれの生活の営みが感じられる橙や白の灯りがバラバラに付いている。どこからか夕餉の匂いが漂ってきた。
不意に淳平が、繋いでいた未央の手を引いた。
「ファーストキスだけど、ここでもいい?」
「...うん」
非常階段の電灯の影になるところにふたり、身を寄せてキスをした。
先ほどの保健室のときと違って、した後に互いに目を合わせた。未央から見て淳平の目からはいろいろな感情が垣間見えた。さっきはごめんだとか、ちゃんとできたかなだとか、反省と不安の色が多い。一方で、私の目はどうだろう、すごくふしだらに見えてたら嫌だな、と未央は思った。そう思いながらも彼から視線を外すことはできなかった。
その後、その場で少しだけ会話して、各々家路についた。
「神木、すっげーぬりーってずぅっと思ってたけど、やるじゃん!!」
「詩織、声落として..!」
放課後、公立図書館の喫茶エリアで、未央と詩織は勉強の合間の休憩を取っていた。
喫茶エリアは図書館で唯一、飲食とちょっとした雑談が可能な場所で、他所の中高生も思い思いに勉強の疲れを癒していた。
未央は先日の保健室での一件を詩織に話した。村松が荷物を持ってきてくれたこと、それを淳平が誤解したこと、その勢いでキスしたこと、その後謝られたこと、改めて淳平から告白されたこと、そしてこれからは毎日キスする約束をしたことーー
場所が場所なだけに、慎重に、極めて小さな声で話して聞かせたが、展開が進むほどに詩織のテンションは上がってゆき、それに比例して大きくなる声量に未央はハラハラし通しだった。
「てかさ未央、村松に本当になんもされてないわけ?それで神木がそこまで変わる?私の予想だとー」
「もういいから!」
村松に触れられそうになったことは詩織には伝えていない。直接「好きだ」と言われたわけでもないし、村松の面目もあるかと思うと伝える気になれなかった。
詩織の話によると、元々帰りのホームルームが終わったら詩織が未央の荷物を運ぶつもりだったらしい。ところが、詩織の所属するバドミントン部の先輩に捕まってしまい、部室の忘れ物の話だったり、休み明けの練習メニューの話だったりで拘束されている間に、村松が酒井の了承を得て保健室へ向かった、とのことだった。
「村松、やっぱりクロだったでしょ?」
「クロ?」
「えーだから、未央に惚れてんでしょ?」
「...そんなわけないでしょ、あんなちゃんとした人..」
「淳平もちゃんとしてんじゃん。
それとも"村松クンはとっても立派で、私にはもったいない"って精神?それこそ淳平が知ったらショックで卒倒すんじゃね?」
「いい加減にしてよ..!」
詩織の少々行きすぎた表現にドキッとするが、中々的を射ているため、宥めながらも未央は自分の心の中のモヤモヤの正体を見極めようとしていた。
図書館での勉強を終え、19時頃に自宅に着いた。淳平は今日は先に帰っている。そして、約束通り、このあと日付を跨ぐ前にあの非常階段で落ち合う予定である。
***
件の保健室の日
逃げるように保健室を後にしたふたりだったが、道中でもう一度あの3つの約束を確かめ合った。
未央と淳平の家は同じマンションの階数違いで、未央は5階、淳平は8階である。
普段はマンションに入ると真っ直ぐエレベータに乗り、5階で未央が降りる際にまたねと声をかけて別れているが、その日はいつもと違った。エレベータに乗る前からふたり揃ってキョロキョロとあたりを見回し、普段はあまり入らない駐輪場や郵便受けのスペースをチェックするなどして、監視カメラ含め、人目のつかない場所を探している。今後、帰宅時間がずれた日に、落ち合ってキスする場所を探すためなのだが、未央は我ながら不審極まりないなと思った。
マンションは思いのほか人目から死角になる場所が少なかった。監視カメラに映ったり、見ず知らずの歩行者に見られたところでどうなるというわけでもないが、思春期の未央たちには大問題だった。良さそうな場所がないと未央が諦めかけているときに、淳平が小さく「あ」と声を漏らした。
「祭りのときの場所はどうだろ」
以前、といっても小学校3〜4年生くらいのとき、高橋家+淳平で夏祭りに行く予定が、未央が風邪で熱を出して行けなくなったことがあった。未央は泣いて両親にせがんだが、悪化しても困るし、淳平に伝染ったらもっと悲惨だと説得された。出発予定時刻になり、高橋家の玄関まできた淳平は、海にことの顛末を伝えられて未央と同じく肩を落とした。その様子をみてあんまり不憫に思った未央の母が「花火くらいは一緒にみても良いんじゃないか」と提案した。
未央たちのマンションの住戸は東向きで、夏祭りの開催場所および花火の打ち上げエリアの反対側に面している。つまり住戸の窓からは祭りや花火の様子は窺えない。しかし、各戸の玄関を出た共有部分の外廊下から、もしくは南側の非常階段からはドンピシャで花火が見えた。
話し合った結果、未央たちは非常階段の6階と5階の間の踊り場で花火を見た。マンション自体は12階建で、屋上および上階のほうにはもっとギャラリーがいる様子だったが、中途半端な階数である5階6階は未央たちだけだった。未央はマスクと去年買ったお面を頭につけていったところ、淳平も頭に昨年のお面を持参してきていてふたりで笑った。未央の母が雰囲気だけでもと、プラスチックカップにメロンソーダとバニラアイスを落としたものと、冷凍庫に眠っていたたこ焼きを温めて持ってきてくれた。階段にそれらを置いて時折つまみながら、ふたり並んで手すり越しに花火を見た。
今、高校1年生になったふたりは改めてその場所にきた。手すりや階段の段差が当時よりもずっと低く感じる。でも、今まで見て回ってきたどの場所よりも、それぞれの自宅から近く、人目につかない、とお互い思った。
「あのあと、結局純平にも風邪うつっちゃったよね」
「ミスって同じメロンソーダ飲んでたしな」
今は、あの祭の夜よりもあたりは静かで人気がない。外は真っ暗までもいかないが、西の方にほんの少しだけ夕陽の気配を残した濃紺の空で、手すりの向こうに広がる住宅街はそれぞれの生活の営みが感じられる橙や白の灯りがバラバラに付いている。どこからか夕餉の匂いが漂ってきた。
不意に淳平が、繋いでいた未央の手を引いた。
「ファーストキスだけど、ここでもいい?」
「...うん」
非常階段の電灯の影になるところにふたり、身を寄せてキスをした。
先ほどの保健室のときと違って、した後に互いに目を合わせた。未央から見て淳平の目からはいろいろな感情が垣間見えた。さっきはごめんだとか、ちゃんとできたかなだとか、反省と不安の色が多い。一方で、私の目はどうだろう、すごくふしだらに見えてたら嫌だな、と未央は思った。そう思いながらも彼から視線を外すことはできなかった。
その後、その場で少しだけ会話して、各々家路についた。
