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「.....なんで、今したの?」
「アイツはこれをやろうとしてた。絶対」
「だからって、なんで淳平が」
「手放したくないからだよ!」
淳平には珍しく大きめの声に、未央が一瞬怯む。
本人も我ながら驚いたのか、口元を手で抑えて小さく「ごめん」と謝った。
少しの間、淳平は下を向き、先ほどよりも少し不安げに逡巡していたが、にわかにため息と同時にその場に座り込んだ。組んだ両腕に頭を埋めている。そこからくぐもった声が聞こえてきた。
「めちゃくちゃやってごめん」
「...。」
「未央が、松村といること考えると、ちょっとダメだ」
「...。」
「キス、して、ごめん」
「...淳平」
「何?」
「村松くんの名前、覚える気ないでしょ」
淳平が顔を埋めたまま、一拍間があった。
「........それは、別に良くない?」
不貞腐れた犬のような顔と目が合った。今まで見たこともないほど落ち込んでいる。
未央はものすごく傷ついたことは確かだが、本人に指摘されてもなお名前の覚え間違いを正さない、というか指摘が耳に入ってすらいない様子の淳平に、呆れて少しだけ笑ってしまった。当の本人は未だ顔を伏せたままなので、未央の笑みには気づいていないだろう。
未央もしゃがみ込み、淳平と同じ高さに目線を合わせた。笑ったことが気取られないように、一度唇を噛んで真一文字に戻す。
「...さっきの、なんか淳平じゃないみたいだった。」
「ごめん」
「怖いし。私の意思とか完全無視だし」
「うん」
「.....ファーストキスだったのに」
「だよな、ごめん」
「淳平は違うの?」
「俺もそう。でも、未央のが大事だろ」
「...。」
「昨日から、ずっと考えてた」
ふいに淳平が顔を上げた。床に座り込んだふたり、至近距離で目が合う。
「なにを?」
「未央が許してくれるなら、やり直させてくんないかな。
初めから」
「.....初めから?」
キスのことかと思い、未央が思わず身構える。まだ少し怖い。先ほどのショックが再現されることも、体格差を痛感することも。
しかしそれは杞憂だった。
淳平は胡座をかく形に座り直し、腹を括るように短く息をつくと再び未央を見て言った。
「高橋未央さん。
好きです。付き合ってください」
「そこから?!」
淳平が小さく頷く。
昨日の会話がきちんと生きていることに淳平の面倒臭がりなくせに変なところで律儀な面が垣間見えた。
ここでコミュニケーションを途絶えさせてはいけない、なるべく彼の気持ちを引き出さなければ。未央も淳平の姿勢に全力で応えるべく、頭を働かせた。そして、今更ながら、ずっと気になっていたが怖くて聞けずにいたことを言葉にした。
「.....わ、私の、どこがいいの?」
「優しいところと、頭が良くて頼れるところ、あと顔と声」
予想以上にたくさんの答えが返ってきて未央は恥ずかしさでクラクラした。淳平の耳と首元が異様に赤い。彼は何倍も恥ずかしいに違いない、と思った。
「いくつか、約束を守ってくれますか?」
「なんでも」
「私に断りなく、迫ったり、触れたりするのはやめてほしい」
「わかった」
「今までずっと一緒だったけど、私は淳平の気持ちが100%分かるわけじゃない。だから、もっと、あなたの気持ちを言葉にしてほしい」
「昨日のやつだよな、わかった」
「あと、最後
できるときだけでいいから、手を繋ぐとか、キスとか、もっとしたい」
さすがに最後の約束のときは未央は淳平を直視できなかった。ムッツリだと思われたに違いない。でも言葉にして伝えられるとしたら今しかない。
「...俺、程度とかわかんねーから、頻度決めていい?」
「いいよ」
「1日1回、キスしよう」
「1日1回!?」
「ん」
そのとき不意に「すみません!」と声を掛けられた。話題が話題なだけに2人して急に立ち上がり声のほうへ向き直る。見ると男女あわせて3〜4人の生徒が保健室の入り口で立ち往生していた。嶋田の言っていた保健委員に違いない。時刻はとうに17時を回っていたのだ。中には未央と同じクラスの女子生徒もいた。
「高橋さん、休憩してたんだよね。
見た感じ、これから帰るとこ?委員会の話、ここでしてもいいかな?」
未央たちは平身低頭で保健室を後にした。
