泣くだけ泣いたら喉が渇いてしまい、すみれは一階の売店でペットボトルのお茶を買った。

レジに並んでいると、いきなり肩を叩かれた。

振り向くとゆったりとしたワンピースを着た君塚麗華が微笑んでいた。

以前会ったシャープな印象とはがらりと変わり、その笑みは柔らかかった。

「麗華さん・・・。」

「久しぶりね。すみれちゃん。」

「ご無沙汰してます。」

すみれは頭を下げた。

「こんな所で立ち話もなんだから、どこかで少し話さない?」

すみれと麗華は売店を出ると、小さな談話室の椅子に向かい合って座った。

麗華は大きな布製のバックからステンレスのボトルを取り出し、それを口に含んだ。

すみれはペットボトルのお茶を握りしめたまま、膝に目を落とした。

ふたりの間に沈黙が漂う。

それを破ったのは麗華だった。

「何飲んでると思う?」

麗華が水色のボトルを掲げてみせた。

「お茶・・・ですか?」

「ルイボスティー。」

「・・・・・・。」

「私ね、妊娠しているの。今、5ヶ月。やっと最近つわりが終わったの。」

「ご結婚されたんですか?」

すみれは言葉を震わせながら尋ねた。

「うん。昨年の秋に。同僚の教師とね。」

「おめでとうございます。」

すみれは再び頭を下げた。

「ありがとう。」

すみれは麗華の幸せそうな顔を睨みつけた。

それに気付いていないのか、それとも気付かないふりをしているのか、麗華の表情に変化は見られなかった。

「安心したでしょ?航の子供じゃなくて。今日は航のお見舞い?」

「・・・はい。」

「航はすみれちゃんのこと覚えていた?」

「・・・・・・。」

「そう。」

麗華の目は同情の色に変わった。

「ねえ。どうして航の前から姿を消したの?」

麗華の問いにすみれは息を大きく吸って声を荒げた。

「あなたが航君を幸せにするって言ったから!だから私は・・・」

「身を引いたってわけ?・・・そうよね。私がそう仕向けたんだものね。」

すみれは小さく頷いた。

麗華はすみれから視線を外し、テーブルに飾られた造花を見た。

そして再びすみれを見ると、吐き出すように言葉を連ねた。

「ごめんなさい。」

そう言って麗華は頭を下げた。

「まさかあなたがそこまで思い詰めていると思わなかったから。・・・私、すみれちゃんが羨ましかったの。航の心を独占しているあなたのことが憎らしかった。」

「・・・・・・。」

「すみれちゃんが消えたあとの航、見てられなかったわ。いつもの快活さが失われて、何もかも投げやりになって、まるで魂を抜かれたような・・・抜け殻のようだった。」

「・・・・・・。」

「私はそんな航の力になりたかった。でも・・・私では駄目だった。もちろん告白なんて出来っこなかった。それだけ航の中ですみれちゃんの存在は大きかったのね。それでも時間が経てば元の航に戻ると信じていた。でも航は元に戻るどころか、どんどん自堕落になっていって・・・。」

「航君・・・」

航君、ごめん・・・ごめんなさい。

航君をこんなにも苦しめて・・・自分のことしか考えられなくて・・・航君がどれだけ私を大事に思ってくれていたのか、私が一番知っていたはずなのに・・・。

すみれは今更ながら、自分が航にした仕打ちを心から後悔していた。

「そんな時に今回の事故が起きた。そしてそれをきっかけに航の心は完全に壊れてしまった。ねえ、すみれちゃん。」

「はい。」

「航を救えるのはあなたしかいない。こんなこと私が言うのはお角違いかもしれないけど、私も航のことが好きだったから、航に幸せになってもらいたい。そうじゃないと本当の意味で私も幸せになれない。」

「麗華さん・・・。」

「今日はね、航にお別れを言いにきたの。もちろん航は私のことなんて覚えていないから、ただ無表情で私の言葉を聞いていたけれど・・・。」

そう言うと麗華はすみれに懇願した。

「すみれちゃん。どうか航を見捨てないでね。お願いします。」

「もちろんです。これからは私が航君を幸せにします。どうしたらいいかまだ見当もつかないけど・・・。でももう航君から決して離れません。約束します。」

すみれはキッパリとそう言い切った。

「ありがとう・・・すみれちゃん。」

麗華の目に涙が光った。