桔梗は年金暮らしの65歳、高校受験の進学塾で講師をしている航は25歳、すみれとは15歳離れていた。

「どうしてパパは私に航君を紹介してくれなかったのかな?」

その答えを桔梗はすみれに淡々と話した。

「紘一と航は一緒に暮らしたことがないからね。」

「え?」

「航は私の兄夫婦と京都で暮らしていたんだよ。」

「どうして?」

「私の兄夫婦に子供が出来なくてね。それでどうしても航を自分達に育てさせて欲しいと懇願してきたんだ。あんたのところは男の子がふたりいるからいいだろ?ってね。私は自分の子は自分で育てたいと言って断固拒否したんだけど、恭弥さん・・・あんたのお祖父さんが兄夫婦に同情して最終的には了承してしまったんだ。今でも後悔してるよ。」

そう話す桔梗の顔は暗く沈んでいた。

「でも恭弥さんが病気で天に召されて私一人じゃ心配だからと、航はつい最近京都からこの家に戻って来てくれたんだよ。」

「そうだったんだ・・・。」

「航は優しい子だから、すみれも大船に乗ったつもりでどんどん頼ればいいよ。ちょっと理屈っぽくて思っていることを隠せないところがあるけどね。」

そう言って桔梗は目を瞬かせ、話を元へ戻した。

「だから紘一にとって航は遠い親戚の子、という意識しかなかったんだろう。大人になってもほとんど交流がなかったみたいだし。」

もっと早くに航君と出逢いたかったな・・・とすみれは残念な気持ちになった。

すみれは北海道から持って来た両親のアルバムを引っ張り出した。

アルバムのどこかに昔の航が写っているのではないか?と思ったのだ。

けれど父、紘一の学生時代のアルバムにはもちろん、家族で撮った写真にも航は写っていなかった。

最後に両親の結婚式のアルバムを開いてみた。

表紙をめくると一番最初のページには白いウエディングドレスを着た可憐な母百合絵と、その横には若々しい父紘一の、幸せそうに笑っている写真が貼られていた。

次々とページをめくっていくと、賑やかな披露宴の写真が現れた。

ケーキ入刀をする紘一と百合絵、スピーチをするドレス姿の若い女性、そして丸いテーブルを囲んだ列席者達。

その中に学生服を着た航の姿があった。

「航君だ!」

航はカメラに目線を合わせ、神妙な顔つきをしていた。

それはほんの小さくしか写っていなかったけれど、すみれには航だとすぐに判った。

いまより幼い顔がなんだか可愛く思えた。

「航君、パパとママの結婚式には出席したんだ。」

すみれはその写真をアルバムから外し、宝物を隠すように机の引き出しに仕舞った。