航はその日の深夜に帰ってきた。

すみれはパジャマ姿で航を出迎えた。

「悪い。起こしたか?これでも静かにドアを開けたつもりだったんだが。」

そう航が言うのと同時に、すみれは航の胸に倒れ込んだ。

「航君。どこへ行ってたの?」

「・・・ちょっと友達と飲みに行ってたんだ。そうメッセージ送っただろ?」

「友達ってだれ?」

「この前家に連れてきた犬飼と麗華だよ。」

「嘘。私、知ってるんだから・・・。本当は麗華さんとふたりきりで」

「すみれ?どうした。髪も乾かさないで。」

冷たいシャワーを浴び続けたすみれの身体は氷のように冷えきっていた。

と同時に体温は上昇し、高い熱を出していた。

「航君・・・熱い・・・」

「すみれ!大丈夫か?!」

航はすみれを子供の頃のように、部屋のベッドまで抱きかかえて運んだ。

久しぶりに航の体温に触れたすみれは、高熱に浮かされながらもそのことを喜んでいた。

「すみれ・・・何があった?言ってみろ。」

「何もない。ただ裸でシャワーを浴びただけ。高熱が出れば航君が心配してくれると思っただけ。」

「・・・子供みたいなことを言うんじゃない。」

航はそう言いつつも、高熱でぐったりとするすみれの側を片時も離れなかった。

翌朝すみれが目覚めると、航がベッドサイドの椅子に座りながら、すみれの顔を心配そうにみつめていた。

その目の下のクマは、航が夜中も寝ていなかったことを証明していた。

「すみれ。具合はどうだ。」

熱は下がり、体調はもう大分良くなっていた。

それでもすみれは航に構ってほしくて、ことさら気弱に振舞った。

「まだ頭がくらくらする。熱っぽいし身体もだるい。」

「そうか。わかった。ゆっくり寝てろ。」

航はすみれの仮病を知ってか知らずか、かいがいしくすみれの世話を焼いた。

冷たいジュースやおかゆを用意し、すみれの額を冷たいタオルで冷やした。

すみれが甘えて抱きつくと、航は何も言わずそれを許した。

私だけの航君。

離れたくないよ。

離れていかないでよ。

・・・でも気付いてしまった。

こうやって自分が甘えれば甘えるほど、航君の本当の幸せは遠のいていくということを。

もう私は航君から離れなければならないのだということを。