「更衣室に置きっぱなしにしてたやつだから、それ」
「………」
「返すのはいつでもいいから」
「……ん」

痴漢に遭遇した時だって、歓迎会の時だって。
助けてだなんて一言も言ってないのに、上條君は無言で助けてくれた。
そして、今も。

ダボっとした大きなジャージに袖を通し、涙を拭って、颯爽と玄関へと向かう彼を追いかけ声を掛ける。

「あ、あのっ……」
「何?」
「……ありがとう」

チラッと一瞥して、彼はまた歩き出してしまった。
すぐさま追いかけ再び声を掛ける。

「上條君っ」
「しつけぇ」
「へ?」
「礼ならさっきも聞いた」
「あ、……ん。でも、言い足りないから」
「別に御礼して欲しくしたわけじゃねぇし」
「……うん」
「っつーか、男誘う気がねぇなら、中に着る色、少しは気ぃ使え。お前、男連中のいい餌になってんぞ」
「えっ?」
「その顔で、………ま、俺の知ったこっちゃねぇからいいけど」
「っ……」

胸元をじーっと見られ、彼の言いたいことは十分に理解した。

「白とかだったら、いいのかな?」
「は?……知るかよ」
「じゃあ、何色がダメなの?」
「しつけぇ、俺に話し掛けんな」

男の子の餌だとか視線だとか、考えたこともなかった。
何が正しいのかなんて分からない。
兄弟もいないし、そんな指摘受けたことないのに。

後頭部を触りながら歩く上條君を見据え、ほんの少し彼が身近に感じた。
Lサイズのジャージからは、爽快なミントの香りと微かに汗の匂いがした。