ガキン!ガキン!と剣戟の音が周囲に響き渡る。枯れ果てた草原、歪になった木々、禍々しく変色し混沌とした空、ここは魔族領の王都フィーニス。その中心には魔王城が聳(そび)え立つ。魔王城前の広場で繰り広げられている生命(いのち)の奪い合いが今、終わりを迎えようとしていた。

そこに付かず離れずの距離に2つの影を落ちている。両者共に握りしめているのはレイピアのようだ。混沌としている空に日が昇る。薄明かりに照らされた2つの影はその姿を表した。1人はショートボブで中性的な顔立ちの女性ようだが身につけている装備は男性のものの様だ。

彼女?彼?の額には玉汗が滲んでおり、所々に切り傷がある。どうやら決闘の最中のようだ。

対するのは黒衣を身に纏い、顔にはひび割れた仮面を付け頭部には角のようなものが生えている男性のようだ。だが、男性にしては線が細く華奢な印象を受けるのだが纏う気配は只者ではなく、うっすらと紫色のオーラが見えるほどの魔力が溢れてているようだ。しかし、禍々しいオーラを纏った男性の方が劣勢のようで片膝をついている。

「これで最後だ魔王!!」

日の光がまるでスポットライトの様に女性と思われる者を照らしだし、鮮明にその姿を映した。

そう叫んだのは炎(ほのお)のように鮮やかな赤い髪をショートボブに切りそろえ、エメラルドのような透き通った翠色(みどりいろ)の瞳、幼さが残るあどけない顔立ち、女性でありながら王子として炎の国プラーナの王族である海神家第一王子となった女性、海神緋女だ。

彼女の得物は宇宙(そら)のような黒色と藍色がグラデーションとなっている刀身、希少金属である煌銅鉱(ヴィレーチ)を練りこみ魔力伝導性や耐久力を底上げした黄土色の輝きを放つ柄。静かに敵対者を貫く海神王宮の秘宝であるレイピア『麗細剣フィセル』

「やぁぁぁあ!!」

トドメを刺さんと気迫を込め『麗細剣フィセル』を魔王と呼ばれた仮面の男の心臓に向けて渾身の突きを放とうとした瞬間、ひび割れた仮面が重力に逆らえずに割れ、地面に落ちた。男が忌々しそうにこう叫ぶ。

「ちっ!我の素顔を見られたか...構わぬ、殺すなら殺せ!炎の国プラーナの王子!我を殺せば名声はお前のものだ。」

仮面の下から現れたのは緋女と同じ鮮やかな赤髪、翠色の瞳、だが、瞳にはハイライトは入っていなく暗く沈んでいる。それはまるで死んだはずの弟にそっくりの顔立ちであり、運命の悪戯か、殺し合いをしていたはずの魔王は、炎の国と水の国の戦争[炎水戦争]で戦死したはずの愛する弟、海神緋色だと知った、いや、思ってしまった。他人の空似か、はたまた本人か、それを知る術はない。ただ、緋女の身体は魔王を殺すことを躊躇った、気づけば握りしめていたレイピアが地面に落ち、カラン、カランと金属音を鳴らす。

「嘘だ...緋色...なんで...」

緋女の口から零れた声は金属音にかき消され、彼には届かず虚空に消えた。

「どうした!!炎国の王子!お前は我に勝ったのだ!早くトドメを刺せ!一国の王子が名声を得るチャンスをむざむざと逃すのか!お前が我を殺さないというならいっそ...」

そう言って男は地面に落ちた緋女のレイピア『麗細剣フィセル』を手に取り自身の心臓に目掛け突き刺そうとする。

「やめろ!緋色ぉぉお!!」

そう叫びながら飛び起きる。見知った天井、海神王宮の自室のようだ。実際は亡き弟、海神緋色の部屋だが、寝巻きは汗でグショグショになっており肌に張り付いてしまっている。右手は固く握りしめられており、手のひらがピリピリと痛みを訴えている。廊下の方から駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。

布団をどかし、ベッドに腰掛ける。しばらくすると、駆け寄ってくる音が止み、ノックの音が私の部屋に響く。

コンコンコン

「緋女様、如何なさいましたか?叫び声が聞こえておりましたが...入りますよ?」

そう言ってゆっくりと扉を開き、現れたのはそう言って現れたのは、銀髪に狐のようにつり上がっている金色の眼、目の下に切れ込みのような模様がある端正な顔立ち。蜘蛛の巣のような柄があしらわれた燕尾服に身を包み、腰に蜘蛛の装飾があしらわれた懐中時計をぶら下げている、蜘蛛の魔族であり、私の専属執事である、『蛛藍(しゅらん) チトセ』だ。

彼は私が幼少期の頃から仕えており、20代の容姿から何一つ変わらない姿の最古参の使用人だ。実年齢は知らない。

「緋女様、そんなに汗をかいて...風邪を引いてしまってはいけませんのでお召し替えと、身体を拭きますね。すぐにご用意いたします。」

そう言ってタンスからテキパキと変えの寝間着と下着を用意して私のベッドに置く。

「あぁ、ありがとうチトセ。」

感謝の意を示しベッドの前に立つとチトセが近づいてきて私の服に手をかける。

「そうだ、チトセ。今後の為に氷麗にも手伝って貰わないか?」

そう私が言うとチトセは頷き2回手を叩いて氷麗を呼ぶ。少しすると部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。

「入っていいぞ。」

私がそう言うと扉が開き、使用人となって数ヶ月の新人メイドで、黒髪のショートボブに灰色の瞳、雪を彷彿とさせる白い肌、清純で柔らかい端正な顔立ちのメイド服に身を包んだ女性。『淡雪(あわゆき) 氷麗(つらら)』が入ってくる。彼女は見た目こそ人間のようだが、彼女は氷の国出身の妖(あやかし)、雪女だ。

「緋女様...お呼びですか...」

ぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。彼女は極度の恥ずかしがり屋で表情から察しなければならないこともしばしばあるが今回は大丈夫なようだ。

「あぁ、少し寝汗をかいてしまってな、着替えようと思うんだ。チトセでもいいのだが、新人のメイドだからな。少し慣れてもらおうと思ってな。」

「かしこまりました緋女様...執事長...」

そう言って氷麗はチトセの方に視線を向ける。

「そういえばこのお召し物の変え方教えておりませんでしたね。では、初めに下着変えましょうか、わたくしは上を氷麗は下をお願いします。脱がせましたら体を拭きますよ。」

「かしこまりました執事長...」

そう言われるがまま私の下着を脱がし始める、氷麗が私の足元にしゃがみこみながら脱がしている時、勢いよく自室の扉が開かれる。

「おはよーございます緋女様!!」

元気よく溌剌(はつらつ)とした声で挨拶をしてきたのは使用人になって数日の新米メイドである『柊(ひいらぎ) マミ』だ。下着を脱がされてる時だったということもあるが、マミ自身は平民の出身。他人に服を着替えさせられるということに馴染みがない。部屋の構造上、扉を開けて正面はベットが見える、私はベットの隣で着替えさせられてたため、扉を開けて初めに見えるのはチトセの背中と上半身が顕になっている私の姿だけだ。氷麗はしゃがんでいるため、チトセの背中に隠れ見えていない。

「チトセさ...執事長?緋女様になにを...まさか!し、失礼しました!」

そう叫び、マミは再び勢いよく扉を閉め外に駆けて行った。扉の方をボーッとみていると、チトセが話しかけてくる。

「申し訳ございません緋女様。彼女には主人の部屋に入る際にはノックをするという一般常識と、日頃の行動についての指導を致しますのでお許しください。」

そう言って深々と頭を下げる。別に気にしていないのだが、チトセの意思を尊重し、何も言わない事にした。

「ところで、マミはなんで謝ったんだ?」

突然の謝罪についてチトセに聞いてみた。

「そうでございますね...恐らくマミはわたくしと緋女様が男女の関係をもっているのでは?と勘違いをしたのかと存じます。勘違いを咎めるつもりはありませんが、主人に対して行った無作法は指導の対象になりますね。」

チトセは淡々と考察を述べる。

「そうか、わかった。マミの教育はまかせるぞ。」

チトセは相槌をうち、「はい。かしこまりました。」と言い了承したようだ。

「緋女様、汗で濡れておりますからお身体をお拭きいたしますね。氷麗、そこに置いてある桶とタオルを持ってきてください。」

そう言って氷麗に指示をする。

「かしこまりました執事長...クシュン...あっ...」

氷麗が桶を持って来ようとした時、不意にくしゃみをしてしまい、タオルと桶に張ったお湯を氷漬けにしてしまったようだ。

「申し訳ございません執事長。」

氷麗は申し訳なさそうにチトセに頭を下げる。

「大丈夫ですよ。ですが、困りましたね...では...緋女様、失礼いたします。【彼の者に水の羽衣を。[アクアベール]】【穢れを落としたまえ。[クリーン]】」

チトセが私の方に手のひらを向けると水色の光が私の身体を覆う。水色の光は徐々に姿を変え、透き通った水が服のようになり私の身体全体を包み込んだ。程よい冷たさで気持ちのいい温度だ。

そんな事を思っていると、肌に触れている面が徐々に回りだし全身を優しく洗っていく。私が幼い頃、チトセにお風呂にいれてもらった時と同じような優しい洗われ心地だ。数十秒が経つと、身体を覆っていた水の服がひとりでに離れ、宙に浮かんだままチトセの前に静止する。

「【凍てつきし薄氷の薔薇。[フリーズローズ]】【変遷せしは次元の理。[リサイクル]】」

静止した水の服は透き通った氷の薔薇の束へと変化をした後、細かい氷の粒となりチトセの回りを漂う。するとチトセの指先から出てきた白い光が氷の粒をひとまとめにすると、毛糸玉のような物に姿を変えた。

「あとは、この糸玉でタオルを編むだけですね。」

チトセが手をゆっくり振るうとみるみるうちにタオルが編まれていく。

「緋女様、こちらをお使いくださいませ。」

チトセが私にたった今編まれたタオルを渡してくる。

「あ、あぁ、ありがとうチトセ。」

繊細で滑らかな肌触りのタオルで自身に着いた水気を拭いていく。たった今編まれたものとは思えないほどの吸水性で、心做しか肌の質感も改善されたかのようにスベスベになっているようだ。そんなことん思っていると、氷麗が口を開いた。

「執事長...今の魔力操作は...」

私には分からなかったが氷麗の目には魔力の流れが見えていたようだ。

「ん?なんかあったのか?」

私は氷麗にどんなことをしていたのかを聞いてみた。

「えっと...その...」

氷麗はどうやら恥ずかしがってしまい、氷の中に隠れてしまった。

「申し訳ございません緋女様。氷麗に変わって、わたくしがご説明いたします...」

そう言って説明をしてくる。よく分からなかったがまとめると、水属性の魔法と光属性の魔法が複合した魔力と氷属性の魔力と無属性の魔力が複合した魔力を切り替えて使っていたようだ。

「長くなってしまいましたが、この程度の魔力操作であれば緋女様や氷麗でしたらすぐにできるようになりますよ。」

チトセはあっさりと言ってくる。すると、氷麗がひょっこりと氷から顔を出し小さく呟く。

「執事長...無理です...そんな精密な魔力操作なんて」

そう言ってまた氷に閉じこもってしまった。

「全く...通常時のわたくしより保有する魔力量は多いのですがね...さて、氷麗、閉じこもってないで出てきてください。緋女様が風邪を引いてしまいますよ。」

チトセが右手の手袋を外し指をパチンと鳴らすと、氷麗を覆っていた氷が一瞬で消え、氷麗が出てきた。

突然の出来事に驚き、目を見開くと、キョロキョロと辺りを見回しポツリと呟く

「執事長...私の氷は結構頑丈なはずですが...」

チトセは何も無かったかのように手袋をはめ、氷麗に向かってこう話す

「えぇ、頑丈でしたので少し多めに魔力を込めました。さて、緋女様のお召替えをいたしますよ。本日は王宮使用人の仕事を拝見する予定ですので、いつもより動きやすいお召し物にいたします。氷麗、そちらを持ってください。」

「はい、執事長。」

そう言って慣れた手つきのチトセと聞きながら拙い手つきで着替えをしてくれる氷麗を見ながら着替えが終わるまで待っていると、部屋をノックしてくる音が聞こえてきた。

「入っていいぞ。」

そう言うと扉が開き、背中に8本の昆虫のような脚が生え、紫色のショートボブで右目が隠れるように長い前髪、アメジストのような紫色の瞳、炎の国プラーナの目標であり尊敬をしている国、日本国と呼ばれるココとは異なる世界にある国の服、袴を身につけた女性が入ってきた。

「失礼するっすー!緋女様、朝ごはん出来てるっすよーって、まだ着替え途中じゃないっすか!もー、おらちじゃなかったらダメじゃないっすか!着替え終わってから入れてくださいっす!」

そう言ったのは王宮のカウンセラーである、『蓮糸 あむ』だ。彼女は魔族と似た種族である妖(あやかし)で女郎蜘蛛がベースになっているらしい。

「ん?そうなのか?」

着替えの途中ではあったが、別に気にするものでもないだろうと部屋に入れたが、ダメなようだ。

「そうっすよ!とおりっちだったり、なんスーだったりしたらどうするんすか?緋女様は恥じらいというのを知るべきっす。とりあえず、朝食の件はお伝えしたっす。じゃあ、とおりっちを起こしに行ってくるっす。着替えが終わったら降りてきてくださいっす。では、失礼するっす」

そう言って部屋から出ていく。心做しか気分が良さそうだが、気にせず着替えをしてもらった。着替えを終えるとチトセが私の右斜め後ろに立つと、声をかけてくる。

「では緋女様、あむからもあったように朝食の用意ができておりますので、お食事にいたしましょう。氷麗は緋女様のベッドをお願いします。」

氷麗は無言で頷き私に向けてお辞儀をした。それを確認したチトセは扉を開け、私を先に廊下に出すと再び斜め後ろに控えた。
チトセは私が歩き出したのを確認すると静かに斜め後ろについてくる。私が食事のため1階のリビングに降りるとテーブルの上に食事が並べられ、すぐに食べられる状態になっていた。チトセが椅子を引き私を椅子へエスコートする。この一連の動作は洗練されており、優雅さすら感じるほどだ。

「いつもありがとうなチトセ。」

私は自然とそんな言葉を呟いてしまう。チトセには幼い頃からお世話になりっぱなしであり、これからもお世話になるだろうな、と直感的に感じていた。

「礼には及びませんよ緋女様。わたくしを受け入れてくださった色人様も美妃様もそして緋色様も...わたくしに施して頂いた事への恩義や、わたくしを緋女様の専属執事にしてくださった事に比べれば、わたくしはお礼を言われる程の事はしておりません。わたくしの忠義は海神王家全てにささげております。」

お父様やお母様、そして今は亡き弟の名前を出し、忠義を伝えてくる。そう言ったチトセの表情はいつもと少し雰囲気が違う気がするが気のせいだろう。そんなことを思っているとチトセが優しく微笑み、言葉を続ける。

「ですが、そう緋女様に仰っていただけてわたくしは嬉しいですよ。ささ、お食事が冷めてしまいますから召し上がってください。」

並べられた食事を見てみると赤色の魚に萎びた野菜、白色の穀物、野菜がたっぷり入った汁物が並んでる。あまり見かけない食事だったため戸惑っていると調理場の方から花柄のエプロンをまとった男性がでてきた。

「殿下、本日の朝食は執事長に頼んで日本国から取り寄せたものを使ってみました。紅鮭の塩焼きと、白菜の浅漬け、白米、夏野菜の味噌汁でございます。」

出てきた男性は黒髪で切れ長の瞼、黒曜石のように黒い瞳、低くもなく高くもない平均的な身長で、コック帽を被っている。海神王宮料理長の『向山 葉月』だ。彼は王宮使用人の中では珍しい純粋な人族で、攻撃できるほどの魔法は使えないが、生活が最低限できるほどの魔法は使えるといった良くも悪くも一般的な人族である。

「な、なぁ、葉月、この紫色の野菜は前も出てきた、ナスっていう野菜だよな...私はあまり得意では無いのだが...」

私は自分で言うのもなんだが好き嫌いは多いほうだ。特に野菜は好き嫌いが激しく、どうにかして食べるのを避けてきたのだが、最近はよくチトセに食べさせられる事が増えてきてしまった。食べない私が悪いのは理解しているのだが...そんな事を思っていると、葉月が私の事をじっと見て、こう言ってくる。

「殿下...殿下はご自身の身体が弱いという事は重々承知していると存じます。だからこそバランスの良い食事を取るべきなのですよ。この量でも大分少なくご用意しましたので、今出ている分は召し上がってください。では、昼食の下ごしらえが途中でしたので、失礼いたします。」

そう言って葉月は再び調理場の方にもどっていった。葉月が調理場の奥に向かっていったのを確認し、チトセに向かって視線を送る。チトセは黙って見つめ返してくると、口を開いた。

「緋女様、ナスを食べてほしいというお願いはお受けしかねます。わたくしは緋女様を大切に思っているからこそ、心を鬼にしてお断りさせていただきます。」

頼みの綱であったチトセに断られて、意気消沈していると再びチトセが口を開いた。

「緋女様、その手には乗りませんよ。緋女様は幼い頃から変わっておりませんので緋女様の行動は手に取るように分かりますよ。」

意気消沈しているフリをしているのがバレていたようだ。それもそのはずで私が幼い頃から仕えていた執事という事もあり、私の行動パターンは読まれている。

「うぅ、チトセのケチ...」

私は駄々をこねるようにそう呟いた。チトセはキッパリと言い切る。

「ケチではございませんよ。緋女様のお身体の事を思ってのことですので、ご了承くださいませ。」

そう言って、再びチトセは黙って私の後ろに立ち私が食事をしているのを見ている。
元々、私は食が細く、少しずつしか箸が進まない。チトセはその事を理解している為、葉月に量を少なめにするように伝えてはくれているのだが、私の嫌いな食べ物を料理に使うことに関しては何も言わないのだ。
もちろんアレルギーとかであれば話は別だが、あいにくアレルギーはないため、そのことを盾にすることは出来ない。嫌いなものを避けて食べてるとチトセが声をかけてくる。

「緋女様、ナスが残っておりますよ。」

やはり嫌いな食べ物を避けていることがバレていた。

「そ、それは、その、お腹がいっぱいなんだ。」

苦し紛れの弁明をしているとチトセは軽くため息を吐き、こめかみに人差し指と中指を当て何やら魔法をつかっているようだ。少し耳を澄ましてみる。

「奥方様、お忙しいところ申し訳ございません。少しお時間よろしいでしょうか...ありがとうございます。緋女様なのですが...はい。駄々を捏ねておりまして...はい。...かしこまりました。では、そのように対応いたします。お時間をいただきありがとうございます。...はい、では失礼いたします。」

どうやらお母様と話をしていたようだ。会話が終わったようで、チトセは私に黙って近づいてくる。すると、私の脇の下に手を入れ、羽でも持ち上げるかのように軽々と私を抱き上げると、私が座っていた椅子にチトセが座り、私はチトセの膝の上に座らされる。

「な、何するチトセ」

チトセは何も無いかのように話しかけてくる。

「美妃様からは許可をいただきまして、緋女様が幼い頃にしていた対応をさせていただきます。勿論、召し上がるまでわたくしの膝の上でございます。それと、緋女様、口を開けてください。はい、あ〜ん」

そう言ってナスを私の口に運んでくる。チトセの膝の上に乗せられてる事もそうだが、20歳にもなって半ば強制的に嫌いな食べ物を食べさせられないければならないというなんとも言えない恥ずかしさに苛まれながらナスを食べていく。ようやく食べ切るとチトセが私の頭を撫でて優しく声をかけてくる。

「よしよし、よく頑張りましたね緋女様。偉いですよ。」

「う、うるさいチトセ!は、恥ずかしいだろ!早く下ろしてくれ!」

そんな会話をしているとリビングの扉がゆっくりと開き、ふたつの影が入ってきた。

「改めておはようっす緋女様!とおりっち起こしてきたっす。って!今度はチトセっちの膝の上っすか。チトセっちずるいっす!おらちだって緋女様を膝の上に乗せたいっす!」

「むっ...ならばあむが我の膝の上に乗ればよかろう」

「ふぇ?な、何言ってんすかとおりっち!や、やだなぁ、恥ずかしいっすよ!...…」

『草ヶ谷 透李...なにを口走っている...』

リビングに入ってきたのは朝に私の部屋にきた『蓮糸 あむ』と茶色混じりの黒髪のウルフカットに人工的な鮮やかな赤色の瞳、右目に黒い眼帯をしているが顔のパーツ自体が整っており、違和感をあまり感じさせないほどの整った顔立ちで、左肩には鮮やかな青色に黒色を足したような深みのある青色をしたカエルが乗っている男性であり、【海神王宮直属近衛騎士団第一軍副団長】の『草ヶ谷 透李』と『フログメント』だ。

「なんだフログメント?はっ!な、なんでもないぞ蜘蛛女!わ、我は完全無欠の存在であるからな、我がそのような言霊を放つ訳がなかろう。全く...闇の者である我を幻惑する忌々しい光め、我を貶しめるのが目的か...あぁ、泡沫の夜に沈みたい。」

透李の肩に乗っている喋るカエル、『フログメント』は独特な言い回しをする透李との会話を私たちが困らないように通訳してくれたり、透李の使い魔として戦闘にも参加するなど器用で、多岐に渡る活躍ができる精霊獣の一種、魔宝珠の精霊、【珠精霊(じゅせいれい)】である。

『これだから草ヶ谷 透李は...』

フログメントは呆れたようにそう言って黙った。
そうするとあむは顔を赤らめながらいたずらっぽい笑顔を浮かべながら透李に抱きつく

「とおりっち〜、おらちをく、口説くのは5年はやいっすよ〜、おらちは女郎蜘蛛の妖っす。ざ、残念でしたっすね〜」

「なっ、わ、我は決して貴様を口説いてなんぞおらん!えぇい!くっつくな蜘蛛女!貴様の肉体が我の動きを制限するでない!」

あむに抱きつかれどうにか抜け出そうと身をよじるが8本の脚と両腕に掴まれており抜け出せないでいる、あむは再び口を開く

「あれあれ〜、とおりっち顔赤いっすね〜、どうしたんすか?もしかして嬉しいんすか?まだまだっすね〜」

そう言ってるあむも大概顔が赤いがいたずらっぽい笑顔は崩さず煽るように透李に語りかけている。

「わ、我は決して喜んではおらん!我の顔が朱を帯びているならそれは貴様の肉体が灼熱だからだ!我は神の加護を持ちし者ゆえ、業火に焼かれる事は無いが、暑苦しいのだ蜘蛛女!わかったなら早く離せ!」

そんな会話を聞いているとチトセが軽く咳払いをし口を開いた。

「透李、あむと仲良くするのは構いませんが、場所を弁えなさい。まずは緋女様に挨拶するのが先ですよ。」

「戯れがすぎたな。炎の王子、目覚めたか、我もこの蜘蛛女に聖なる扉をこじ開けられ、忌々しき光を浴びさせられたところだ。」

『おはよう緋女王子、こやつは蓮糸 あむに起こされてな、少し不機嫌なようだ。いや、逆かもしれんな。』

「な、何を言う我が盟友!この蜘蛛女に忌々しき光を浴びせられたのだ!」

『そうか...ではそういうことにしておこう。』

あむと透李とフログメントの会話は聞いていて何故か飽きないが、毎朝こんな事をしているようで、仲がかなりいいのだろう。そんなことを思いながら返事をする。

「おはよう、透李、あむ、フログメント。いつも賑やかで仲が良さそうで嬉しいぞ。ところでチトセ、いつになったら下ろしてくれるんだ?食べ終わったぞ。」

苦手なナスも食べ終わり、というか食べされられたのだが、まだ私はチトセの膝の上だ。私はチトセを見上げて抗議をする。

「これは大変失礼いたしました。幼い頃はまだおりたくないと駄々を捏ねていらっしゃいましたから。すぐにお下しいたしますね。」

そう言って私を抱き上げ、床にゆっくりと下ろしてくれる。

「もう私は幼くない。ただ、久しぶりにチトセの膝に乗れて少し嬉しかったぞ。」

「ふふっ、そうでございますか、わたくしから申し上げれば緋女様はまだまだ幼いところがおありですがね。」

チトセは微笑みながらそう返してくる。

「チトセ、そろそろ使用人達の仕事を見学したい。案内をしてくれ。」

「仰せのままに緋女様。では参りましょうか。失礼ながらわたくしが前に立たせていただきご案内いたします。」

チトセは深く頭を下げ私の前に立ち、半身になりながら私を案内していく。

そうして海神王宮に仕えてくれている使用人達の仕事の見学する1日が始まるのだった。