「じゃあこの問題、瀬名さん答えてみて」
「ええと……天武天皇、です」



 そうね、じゃあ次は――。



 再び椅子を引いて席に着きながら、役目を終えた私はぼんやりとノートに視線を落とす。

 黒と赤のボールペンだけでまとめられた、どこか質素にも感じられる飾り気のない板書。



 いちいち(めく)って確かめなくてもちゃんと覚えている。

 いつから、私のノートから色が消えたのか。




 はるか昔に、誰が何を作ったとか。
 世界を揺るがすどんな出来事があったとか。


 どうでもいい。本当、その一言に尽きる。


 今私が知りたいのは、何よりたった一つ、君の気持ちだけだっていうのに。






「672年、この頃の国内は――」






 社会科の先生の説明だけが耳を上滑りしていく。



 机の横にかけたスクールバッグに、緩慢な動きで特に意味もなく目をやる。

 ぽつんと寂しくぶらさがっている、場違いなほど明るい笑顔のにゃん吉キーホルダー。


 いまだ渡せずにいる、クールな表情バージョンのそれは、バッグの内ポケットにあの時からしまい込まれたままだ。






「あ、双星くんだ」






 窓際の席でそんな小声が一つ上がって、続けざまに女子たちの間にざわめきが走った。


 何事かと耳を傾ければ、どうやら外のグラウンドで行われている体育の授業に反応していたらしい。



 先生の諦めたような物言いたげな表情をうかがいつつ、私もそっと窓の向こうに視線を投げる。

 サッカーの試合中らしく、コートの中にたくさんの男子たちが小さく見えた。