それを見送る拓斗。

 固まりながらも少しずつ我を取り戻していく。やがて小さな息をもらすと、複雑なまなざしでテーブルを見つめ、膝の上でキュッと握り拳を作った。

(榛原がなにをしようと、俺には口を挟む権利はない。でも)

 おとなしいクラスメートだと思っていたのに、こんなところでバイトをしている事実がショックだった。しかも、あの格好。

(俺の勝手な思い込み……それにメイドカフェを悪く思うのは偏見だ。だけど……)

「ご主人様」
「……」
「ご主人様」

 声をかけられていたが、自分だとは思わなかった。アイスコーヒーが置かれたことに気づいて、ようやく自分が呼ばれていることを理解した。

「あ、はい」
「ご主人様、アイスコーヒーでございます。では、ごゆっくりお寛ぎくださいませ」
「ありがとう」
「なにかございましたら、ミューをお呼びくださいませ」

 もう一度引き攣った笑顔を見せ、茜はその場から立ち去った。

 一度奥へ下がり、また現れた時には、違う客に微笑みかけていた。

 どうやらなかなか人気があるようだ。テーブルを横切るたびに、「ミューちゃん」と声をかけられている。

 客に呼びかけられて微笑んでいる顔は、拓斗がいつも自席から眺めている彼女の表情とはまったく異なっていた。いつものなんだか物寂しげに窓の外を眺めている顔とはぜんぜん違う。

(別人みたいだ)

 その後、どうやって時間を過ごしたか覚えていなかった。

 居心地が悪かったことだけは覚えている。

 気がつけば家に帰っていて、テレビの前に座っていた。とはいえ意識はテレビには向いてはいなかった。夕方の茜の姿を思い出すばかりだ。

 どこにでもいる普通の女の子――そう思っていたが、メイドの衣装を着て接客する姿は溌剌としていて、なにより笑顔が可愛かった。

(女の子って、変わるんだなぁ)

 ミス学園・神野に比べれば確かに違う。しかしながら茜の笑顔は負けないと思うほど輝いていた。拓斗にはその笑顔のほうがかわいく思えた。

 が、その半面、誰にでも笑顔を振りまいているのは神野と同じではないか、とも思う。

(でも……)

 茜が向けた笑顔。

 自分だけに向けられた笑顔。

 その笑顔を思い出すと、心臓がドキドキと打った。

 この日から拓斗は茜の行動が気になって仕方がなくなった。