蝉の声が聞こえ始めた、7月。
電車に揺られあの街へ向かっている。
君と出会った、あの街へ。

君と出会ったのは3年前。
白い肌の似合う君はあの公園で1人、猫を撫でていた。
お互いに言葉を交わすことは無かった。
ただ隣に座って時が過ぎるのを待っていた。
そんな何気無い日常が僕は好きだった。
そうして時が過ぎ、気づけば1ヶ月が経とうとしていたある日、君は突然、あの公園に来なくなった。

8月31日。夏の終わり、君と会える最後の日。
今日も僕は向かった。だけど、君は来なかった。
いつもと同じ、誰もいないベンチ、
と思いきや君の黒猫がこちらを向いて佇んでいた。
そしてベンチの上には一通の手紙が置かれていた。

『名前も知らない、貴方へ。
貴方へ届いていることを願って、今この手紙を書いています。驚かせてしまってごめんなさい。
貴方がこの手紙を読んでいると言うことは私はもうこの世界にはいません。

私は生まれつき心臓病で、20歳までは生きられないだろうと言われていました。
そして、今年の6月。夏が終わるまで生きられないとお医者さんから伝えられました。
最期は生まれたこの街で、と昔から決めていたので、毎日大好きなこの公園に来ていました。
この世界に未練なんてちっともなかったはずだったけれど、貴方に出会って私の世界は変わりました。

一目惚れでした。
本当は話したかった。けれど話せばお別れが辛くなるから、話せずにいてごめんなさい。
静かに消えていくはずだった私の命に、綺麗な光を灯してくれてありがとう。

本当は、 もっと生きたかった。貴方と色んな話をしてみたかった。でも、私にはそれが出来ないから。
貴方はどうか貴方のまま、幸せにこれからの人生を生きてください。私と出会ってくれてありがとう。
貴方と過ごした1ヶ月、本当に幸せでした。』

手紙の後半は文字が滲んでいて、はっきりと読めなかった。彼女の涙の跡だ。
手紙を読み終わった瞬間、なんとも言えない想いが僕の胸に溢れ、気づけば僕も涙を流していた。
そこで僕も君のことが好きだったことに気づいた。
だけど、もう遅い、君はもういない、この気持ちをどこにやればいい?僕はどうすればいい?
僕は涙を流すことしかできなくなっていた。

すると、僕の膝に乗っていた黒猫がぴょん、と膝から飛び降り、にゃあ。と鳴いてこちらを振り向いた。まるで着いてこいと言うかのように。
僕は何も考えられず、その黒猫を追いかける。
公園を出て、歩道橋を渡り、小さな森を抜けた先に、君はいた。

黄金色の何十本もの向日葵。
そのちょうど中心に、お墓があった。
お墓の前に座った黒猫がみゃおと鳴く。
これは、君のお墓だ。僕はそう感じた。
もう二度と会えないと思っていた君に、こんな形ではあるけれど、会うことが出来た。
僕は、君のお墓の前に跪いて、涙を零していた。

その時、ざぁっという風の音とともに向日葵が一斉に揺れた。
その光景はまるで、君の溢れんばかりの笑顔が僕に向けられているかのようだった。
ようやく顔を上げた僕の目に映ったのは、お墓に書かれた君の名前だった。
『永夏』と書いて、ハルカ。
初めて知った君の名前を前に、一言零れた言葉。


「君にぴったりの、綺麗な名前だ。」


それからの夏は毎年、ハルカの元へ逢いに行っている。ハルカともう一度会うことが出来た、あの丘に。
手にはハルカの笑顔のような向日葵と、ハルカの白い綺麗な肌によく似たカスミソウの花束を持って。

もうすぐあの街へ辿り着く。
さあ、今年も行こう。