「相良君が彼女と歩いてるの、さっき見たんだ。だから、もしかしたら橋本ちゃんもそれ見て、今頃泣いてるんじゃないかと思って、すぐに追いかけた。」
「…どうして、私の好きな人が相良君だって、知ってるんですか?」
菜々が驚いて尋ねると、矢嶋は「ごめん」と言って話を続けた。
「陸上の練習をする時に、橋本ちゃんのことを見てたら、分かっちゃった。サッカー部で、ビブスに『相良』って書いてある男子と話してる時の顔が、いつもすごく嬉しそうだった。それに、夏樹からも、橋本ちゃんが相良って子と一緒に帰ってて楽しそうだったって聞いて。」
――いつも私のこと、見てくれてた?矢嶋先輩が…?
確かに、マネージャーの仕事をしている時も、矢嶋とたまに目が合った時は、お互いに手を振り合っていた。
でもそれ以上に、矢嶋は菜々を見ていたのだ。
「…相良君と話す時、橋本ちゃんはいつも、俺の前では見せない顔で相良君と笑い合ってた。…ホント、毎回嫉妬でどうにかなりそうだったよ。」
「嫉妬って…」
「ねぇ、なんで泣いてないの?橋本ちゃんの好きな人なんでしょ?彼女いるの知って、1回も泣いてないのはなんで?」
「それは…」
なぜだろうか。ショックを受けていることは確かだが、涙が出ない理由は分からない。
答えられない菜々を見て、矢嶋から沈黙を破った。
「橋本ちゃん、それって本当に好きなの?俺なら絶対、悔しくて、悲しくて泣いてるよ。」
なぜ、矢嶋の方がこんなに苦しそうに話しているのか、分からない。
菜々は何と言えばいいか分からず、俯いたまま、黙っていた。
矢嶋はそんな菜々を見下ろしたまま、言葉を続ける。



