「クッキーがなければケーキを食べれば良いわ! さぁ早く、持ってきなさい!」

 少女の金切り声が聞こえたかと思えば、今度は激しい水しぶきの音。そしてメイドと思しき女性たちの「お嬢様が池に落ちた!」という悲鳴。

 ペリウィンクルは走り出していた。
 貴族の屋敷の柵を悠々飛び越え、持っていたトランクをその辺に投げ出し、慌てふためくメイドたちを押しのけて池に飛び込む。

 膝ほどまでしか水位はないのに、誰も彼も少女を助けない。
 ドレスが水を吸って重いのだろう。少女は起き上がれないらしく、もがいていた。

「大丈夫ですか?」

 手を差し出すと、少女はすがるように腕にしがみついてきた。
 だが、ぽっちゃりとした体形の彼女は、ペリウィンクルが引き上げるには重すぎる。
 支えきれず、二人は抱き合うように池へ倒れ込んだ。

(どうりで、誰も助けないわけだ)

 子ブタのような彼女は、ペリウィンクルの腕の中で震えている。

「そんな……わ、わたくしが悪役令嬢だなんて……」

 彼女はそれだけ言い残して意識を失い、ペリウィンクルの胸に飛び込んできた。