もし、この初恋が叶ったら



次の日。

夏休み明けの初日。


なぜだか川上に会いたくなくて、3年の教室がある階を避けて、遠回りしてから、自分の教室を目指した。


ようやく自分の教室の前に辿り着いて、安堵のため息をついたところで引き戸の取っ手に手を伸ばす。


ガラッッ


京香がドアに手をかける前に、目の前のドアが勢いよく開いた。



「うわっ!っとお!!ごめんなさ…」



教室から出てきた高身長の男子に、そう謝りながら見上げると…



「え?え?おのっち!?」



7月中旬には、自分より少し目線が高い程度だった小野寺は、京香よりも遥か上から見下ろしている。


「ちょ、ナニコレ。まだ夢の中かな?おのっちが、高身長男子に…」


「…何言ってんの、お前。寝ながら登校してきたのかよ。」


「や、だっておかしくない!?1か月ちょっとで何センチ伸びてんのよ!?」


「10センチ。」


「10センチ!?成長ってより進化じゃん!!」


あまりの出来事にギャーギャーと騒いでいたが、なんだか小野寺の顔が暗い。


「どうしたの、おのっち?気分でも悪いの?」


「ああ、めちゃくちゃ気分悪いね。お前のせいで。」


「はあ!?朝っぱらから、なんでそんな──」


ムッとして反撃しようとしたところで、小野寺は京香の脇を通って、どこかへ行ってしまった。


「なんなの…?」


小野寺の態度が気に気わず、ムカムカしていると。


「ちょっと京香!」


教室の中から、友人の芙海が手招きしている。


「あ、芙海ー!おはよー」


久々に学校で会う友人に、にこやかに挨拶すると、慌てた様子の芙海が京香に近づいて来てた。


「ちょっと!昨日、何があったのよ!?」


「きのー?」


突然尋ねられたことが理解できず、首を傾げて頭の上に??を並べていると。


「ちょっと来て!」という芙海に腕をがっちりと掴まれ、教室の中に引っ張り込まれた。


「どいうこと!?川上先輩と何があったの?」


そう言って芙海が指さした先の黒板を見ると…




『熱愛!3年の美男子・川上翔吾&美都京香 放課後の体育館で熱いキス!!』




そんな文言がピンクと白のチョークで、でかでかと黒板に書かれていた。


ご丁寧に、相合傘つきだ。



「な…!」



京香が口をポカーンと開けていると、

同じバスケ部の男子、瀬戸が後ろから

「おい、美都!昨日は居残り練習のフリして、川上先輩と体育館で逢引きですかー?」

と声をかけてきた。



ぐるんと振り向いて、ズンズンと瀬戸のもとへ向かいながら、京香は思わず声を張り上げた。


「瀬戸ぉ!なにこれ、あんたの仕業!?」


「俺じゃねーよ。でも、昨日男バスメンバー何人かが目撃してたから、そのうちの誰かかもな?」


「おい、美都ぉ!キスは初めてだったのかよー?」


「どうだった?川上先輩の唇はー?」


瀬戸以外の男子も、そう言ってからかいながらゲラゲラと下品な笑い声をあげている。


「…今時、こんなくだらないことをする奴らがいることに、びっくりだわ。」


逆に冷静になった京香は、冷ややかな目線を男子に向けた後、黒板の方へ戻り、黒板消しで、書いてある文字を消し始めた。


芙海も京香のもとに駆け寄り、一緒に文字を消す。


「ねえ、ホントなの?川上先輩とキスしたって…」


黒板消しを動かしながら、芙海がヒソヒソ声で質問してきたが、なぜか答えたくなくて、京香は無言のまま手を動かした。


無駄に強い筆圧で書かれた文字は、なかなか消えない。


力を込めながら、黒板消しを何度も何度も往復させる。


黒板の上の方に残っている
『川上先輩・美都 ラブラブ♡』
という文字を上手く消せずにいると、

「貸して。」
という声と共に、持っていた黒板消しを奪われた。


「おのっち…」


京香よりも高身長になった小野寺は、力を込めて黒板消しを動かし、その文字を消してくれた。


「おのっち、ありがと─」


「おーい、席につけーー」


ちょうど入ってきた担任の声を聞いたからか、
小野寺は京香と目も合わせずにスッと回れ右して席へ向かった。


「うおお!小野寺、お前急にデカくなったな!?」


担任も京香と同じように、小野寺を見て驚いていた。


「はい、10センチ伸びました。」


「すげーな!成長期っていうより、むしろ進化だな!」


京香と同じ反応を見せた担任に「ども」と言うと、小野寺は自分の席に着席した。


その間に京香と芙海も席へ戻る。



担任の後ろにある黒板はすっかり綺麗になったが、京香の心はモヤモヤしたままだった。