もし、この初恋が叶ったら


「…京香、かわいい。」


そう囁いた小野寺が、机についていた手をゆっくり離すと、京香の背中の方へ、その手を回してきた。


そのまま、そっと抱き寄せられた。


一気に、脈拍数が上がる。


ドクンドクンという自分の心臓の音が、耳の奥で聞こえる。


背が高くなった小野寺。


制汗剤のいい香り。


耳元に、僅かに小野寺の鼓動が聞こえてくる。


「京香、好きだよ。小さい時からずっと…ずっと、好きだった。」


──おのっちが…?本当に私のこと…


信じられず、呆然としたまま、小野寺に抱かれて言葉を聞いていた。


「頭がいい人が好きって言うから、狂ったように勉強して、やっとの思いで学年1位とったし、身長高い人がタイプっていうから、ひたすら牛乳飲みまくった。それもこれも、全部…」

そこまで言うと、小野寺の腕に少しだけ力が入り、京香をますます抱きしめてきた。

「全部…京香に男として意識してもらって、好きになってもらうためだった。」


──そんなに思ってくれていたなんて…。


小野寺がくれる1つ1つの言葉に、京香に対する思いが込められているのを感じた。


何年間も、ライバルとして、友達として、一緒に過ごした小野寺から、密かに思われていたなんて。


嬉しいような、でも恥ずかしいような、むず痒さのようなものを感じる。


心臓が、これ以上ないほどに、ドクドクと激しく動くから、呼吸しているのに、胸が苦しい。



「京香。よかったら、俺の…」


小野寺はふぅ、と深呼吸すると、言葉を続けた。


「俺の…彼女になって欲しい。」



ドンッ



気付いたら、小野寺を突き飛ばしていた。


京香を優しく抱きしめていた小野寺の腕の中から、あっさり抜け出せた。


小野寺が目を見開いている。


京香も、その表情を見て、思わず目を見張った。


──今、私…何した?


──おのっちの言葉にドキドキし過ぎて…それで…



「あ…えと…」



頭の中がパニックだ。


心臓の音が、まだ煩く響いている。


ドキドキして、


顔が赤くなって、


胸が苦しくなって、それで…


「も、無理…!」


やっとの思いでそう言うと、長椅子に置いていた通学用リュックと部活バッグを持って、逃げるようにして保健室を去った。


──あ、そうだ。今日は練習が…


校門を飛び出してもまだ、走りながら、ぼんやりとそう思ったが、足が止まらない。


一刻も早く、学校の、保健室の、小野寺のもとから、離れたい。


なぜそんな気持ちになっているのか自分でもよく分からないが、とにかくそう思って、家に着くまで、可能な限り、走り続けた。