ある日の放課後。日直の仕事を終えて教室に帰ってくる小野寺を待ち伏せした。
教室のドアの近くに隠れていた京香は、小野寺が教室に入ってきた瞬間、立ち上がった。
「…おのっち、ちょっと話したいことがあるんだけど。」
そう声を掛けてきた京香に、小野寺は視線を向けずに、黙々と帰宅準備を進めている。
構わず、明るい声で話しかけてみる。
「学年1位、すごいね!おめでとう。」
「…」
「私は2位だったんだよねー。結構な高得点だったんだけど、あの成績超えられたら、もはや尊敬するしかないというか…ライバルながら、あっぱれです!」
最後は少しふざけた口調で言ってみて、ハハッと笑ってみた。
が、小野寺は無言のまま淡々と帰る準備を進め、リュックを背負う直前だ。
「ちょっと!」
席から立ち上がった小野寺の顔を、京香が覗き込むようにすると、小野寺は「なんだよ!」と声を荒げた。
冷たい視線。
こんな様子の小野寺を、京香は見たことがなかった。
拒絶するような表情の小野寺に負けじと、京香はぎゅっと拳を握って、思い切って尋ねた。
「ねえ、私おのっちが怒るようなことした?もしそうなら正直に言ってよ。謝りたいから。」
そう京香が言うと、小野寺は相変わらず視線も合わせずにこう言った。
「いや、別に何もされてない。」
その答えを聞いてますます京香は納得がいかなくなった。
「何もしてないのに、なんで無視するの?なんで前みたいに声かけてくれなくなったの?」
「別に…いいだろ。毎日おまえに声掛けなくたって。他にもクラスメイトはいるんだし。」
「毎日じゃないにしたって、前と全然態度違うじゃん。このまま何も話してくれないなら、納得いかないよ!」
思わず声を荒げる京香に小野寺は「じゃあ聞くけど!!!」と言って京香と視線を合わせた。
「…俺のことどう思ってる?」
「は?」
──急になんなの?こっちが答えて欲しいことに答えもせずに、この人は…。
「どうって――」
動揺する京香を、小野寺はまっすぐ見つめている。
「…答えてよ。小4で四つ葉のクローバー見つけた時の質問、まだしてなかったから、今質問する。」
四つ葉のクローバー。
小4の時、四つ葉のクローバーを見つけた小野寺が『忘れた』『思い出したら、言う』と言っていた、質問。
何を、聞かれるんだろうか。
「…きょーか。俺のこと…どう思ってる?」
急に鋭い視線を向けられて、京香は怯んだ。
小野寺の眼力に負けそうになりながらも、負けじと小野寺を見つめ返す。
久々に、まともに見る小野寺の顔。
よく見ると、怒っているような、悲しいような、複雑な表情だ。
そんな小野寺の雰囲気に負けないように、京香は答えた。
「大事な――」
そこまで言って、京香は慎重に答えを選んでから言葉を続けた。
「大事な…友達だし、ライバルだと思ってる。」
その言葉を聞いた小野寺は、ため息をついてから言った。
「…ライバルと思ってるんなら、これから話す必要もないだろ。最近は俺の方が成績いいみたいだし、俺のライバルになれるかも含めて、美都次第だな。」
――美都。
急に京香の心臓がドクンと鳴った。
今まで、名字で呼ばれたことなんてなかった。
さっきまで「きょーか」と呼んでくれていたのに、なんで急に…。
困惑している京香に構わず、小野寺はリュックを背負うと「じゃーな」と言って教室のドアに近づき、ガラガラと音を立てて扉を開けて、出て行ってしまった。
――なんで。おのっちは私を良いライバルと思っていなかったの?友達じゃなかったの?
それ以来、小野寺と話す機会は無くなってしまった。
いつの日からか、京香はペンケースから四つ葉のクローバーのチャームを外してしまった。
家の勉強机の奥に仕舞ったチャームのように、『小野寺と以前のように話したい』という気持ちも、静かに胸の奥底に仕舞ってしまった。



