もし、この初恋が叶ったら


放課後、帰宅しようとリュックを背負って立ち上がった小野寺のもとへ京香は駆け寄った。


「おのっち、今朝はありがとね。」


そう御礼を言う京香に、小野寺はチラッと目線を向けた。


「礼言われるほどのことじゃねーよ」

と言って、早々にその場を去ろうとした小野寺の態度に違和感を感じた。


京香も、慌てて机の上から取ったリュックを背負いながら、小野寺を追いかけ、追いついた。


「どうしたのおのっち?体調悪いの?」


小野寺の横を歩きながら、尋ねる。


「…」


「あ!もしかして、身長伸びすぎて全身が痛いとか?」


「…」


「どうやったらそんなに身長伸びるの?私もあと5センチ身長高かったら、バスケで有利なんだけどなぁ。」


「…」


「…ちょっと、おのっち!」


何も反応せずスタスタ歩く小野寺の態度に腹が立ち、思わず小野寺の腕を掴んだ。


「今日、どうしたの?なんかいつもと違う。おかしいよ!」


それを聞いて、ようやく京香に目を向けた小野寺。


いつにもなく、無表情な小野寺。なんだか悲しそうにしているようにも見えて、一瞬、心がざわついた。


いつもなら、満面の笑みで笑いながら、京香と冗談を言い合ったりしてくれるのに。


今日はまるで、人が変わったように態度が冷たい。


今までにない小野寺の様子に戸惑っていると、小野寺は「別に…いつも通りだけど?」と言ってフイ、と視線を逸らした。


「…そんなことないでしょ。絶対、いつもと違う。」


「そんなことない。…もういいだろ。かまうなよ。」


「な…!人が心配してるのに…!」


「心配なんか、してもらわなくて結構。」


「そんな言い方…!」


「…付き合ってんの?」


「はい!?」


突然の質問に、京香がすっとんきょうな声を上げると、小野寺がまっすぐ、京香に目線を向けてきた。


「川上先輩だよ。付き合ってんの?憧れの先輩とキスしたんだから、もちろん、付き合ってるんだよな?」


「つき…!?」


目を見開いた後、目線を泳がせる京香と対照的に、小野寺は変わらずまっすぐな視線を京香に向けている。


「つき…」


「…」


「…あうのかな?」


そう言って首を傾げる京香に、今度は小野寺が「は?」と言った。


「キスしたら付き合うだろ。」


「え、でも…付き合おうとか言われてないけど?」


「モテる男は、いちいち付き合おうとか言わないんじゃね?」


「そうなの?」


「キスされて、きょーか、嫌がらなかったんだろ?」


「そ、それは…まあ…」


目線を落とし、歯切れの悪い返事をしたところで、


小野寺は

「じゃあ、そういうことじゃね?よかったな。お幸せに。」

と言って足早に去っていった。



小野寺の背中を見つめながら、京香は今起きた出来事が信じられなかった。



急に身長も伸びて、冷たい態度を取られて。


小野寺は、まるで別人のようになってしまった。


──小野寺に嫌われた…?


そう思った瞬間、足元がぐらついた。


立っていられなくて、思わず廊下の端にしゃがみ込む。


「どうしたの、京香?」


抱え込んだ膝に、顔を埋めていると、頭の上から芙海の声が聞こえた。


少し、顔を上げると、目の前にしゃがみ込んで目線を合わせてきた芙海と目が合った。


「あー、なんか今日さ、おのっちが、いつものように話してくれなくて…。」


「そうなの!?なんで?」


「わっかんない。別に何もしてないと思うんだけど、いつもみたいに話してくれないんだよねー。表情も、今日1日ずっと暗かったし。理由聞いても『別にいつもどおりだけど?』って冷たい口調で言われたし…。」


「えー?理由くらい、教えてくれても良さそうなのにね…。」


納得いかない、といった表情の芙海に、京香は弱々しい笑顔を向けると、

「まあ、向こうが話したくないっていうなら仕方ないよ。時間置いて、もう一度話してみる」


と、自分に言い聞かせるようにして言葉を返した。


帰宅後、明日の試験に備えて勉強をしていている最中も、小野寺のことが頭をよぎった。


ふぅ、とため息をつき、天井を見上げる。


小野寺に距離を置かれるなんて、初めてだ。


──何がいけなかったんだろう。


今日会ってすぐ、私に気分を害されたというようなことを言っていた。


──何かしたっけ…?


川上先輩とキスしたことでクラスが妙な盛り上がりを見せて変な空気になっていたから、そのせいかもしれない。


『憧れていたとはいえ、付き合う前からキスするなんて、軽くね?呆れるわ。』


…そんな風に、思われただろうか。


呆れて、愛想つかされたのかもしれない。


でも、だからといって、小野寺との友情に亀裂が入るなんて、考えられない。


長い付き合いなんだから、一時的には呆れられたとしても、そのうち前のように話せるようになるだろう。


明日は、二学期最初のテスト。


──明日のテストで結果を残して、いつものように「私の勝ちー!」って言ってやる。


そう心に誓い、小さく頷くと、また勉強を再開した。