仕事帰り、駅へ行く歩道で、向かいから見たことのある人が歩いて来た。

…前にもこんなことがあったような。

頭の中に一瞬太眉が浮かんだけど、違う。高見沢さんじゃない。

記憶を手繰って身震いがした。

気づかれないように俯いて過ぎ去ろうとしたけど、もう遅い。

「お姫様じゃないか」

棗くんに手首を掴まれ、肩がビクッと跳ねた。

「この前はごめんね。
俺、かなり酔っ払ってて。本当に悪かった」

謙虚に謝ってくれても、やっぱり彼の目は見れない。

もしかしたら、私の跡を思い出して不快な顔をしているかもしれない。

「今になって色々謎が解けるとは思わなかったよ。
千紘が君を姫なんて呼んで大事に扱う理由も、君のために会社を起こして、結婚までする理由も」

「どういうことですか…?」

ちらっと棗くんを見ると、予想通りの反応だと言わんばかりにくっくっと笑った。

まるで悪人のように、片側の口角を上げて。

「千紘は自分のせいで君を傷つけたと言っていた。
その前に君が少し入院してたとも聞いた。
その時は何もわからなかったけど、あの跡が入院の原因だったなら、もしかしたらそれは千紘のせいなんじゃないか?」

言葉に詰まった。