「桃ちゃんは好きな人がいるの?」
私の素性を知っている人は遠慮をして聞いてこない話題を、望愛さんはズバリと斬り込んできた。

「ええ、います」
もちろん誰かと聞かれれば答えられないけれど、愛する人がいることを否定したくはない。

「ならわかるんじゃないかしら、人を愛すれば少しでもその人に近づきたいと思うし、ちょっとでも長く側にいたいと思う。それはある意味人間の業だと思うのよ」
「業、ですか・・・」

業とは理性では制御できない心の動き。止められない思い。

「桃ちゃんはその人を誰にも渡したくないとは思わないの?」
「そうですねえ・・・彼を私の人生に巻き込みたくない思いの方が強いかな」

望愛さんとお兄ちゃんがそうだったように、私と共に人生を生きるってことは一条家にかかわること。
それって正直重たいのだろうなって思う。

隼人は自分の家のことをあまり話そうとはしないけれど、母子家庭でお母さん一人に育てられたって聞いている。
大学時代からお兄ちゃんの友人でその縁で一条プリンスホテルに入社をしたものの、ごく普通の一般家庭に育った人だろう。

「一度彼にも聞いてみた方がいいわ。案外桃ちゃんの取り越し苦労かもしれないでしょ」
「そうでしょうか?」

もしそうなら、私との関係を親友でもあるお兄ちゃんにまで隠すのはおかしい。
もちろん秘密にしようって話し合ったわけではないが、私達の関係は暗黙のうちに誰にも知られてはいけないものと認識している。

「いくら思っていても、口にしないと伝わらないこともあるのよ」
「望愛さんもそうでした?」
「ええ」

寂しそうにうつむいた望愛さんにそれ以上聞くこともできず、私も言葉を止めた。