「高井さんも田口君もお疲れさま。この一ヶ月大変な思いをしただろうが、これでひとまず安心だ」
記者会見場となった大広間の隅に立っていた私と優也さんに歩み寄った隼人が、ホッとしたように口元を緩ませる。

「課長もお疲れさまでした」
私たち以上に忙しい一カ月を過ごしたであろう隼人に、優也さんも頭を下げた。

「田口君にも本当にお世話になったね。せっかくの研修がこんな形で終わることになって少し残念だが、これからも一条コンツェルンと丸星デパートとの付き合いは続いて行くだろうから、よろしく頼む」
「ええ、それはもちろんです」

実は、今日は優也さんの研修最終日だった。
色々と忙しすぎて2か月も経ったんだという実感はないけれど、明日から優也さんと共に働くことも無くなる。そう思うと少し寂しいな。

「本当なら送別会でもしたいところだが、今日はまだバタバタしていて時間が作れそうもないんだ」
申し訳なさそうに言う隼人に、
「いいんですよ、気にしないでください。今日は桃さんと食事の約束があるので」
サラッと言ってしまった優也さんの言葉。

隼人のことだから気にすることは無いだろうと思いながらも、私は隼人から視線をそらしてしまった。

最近の私は隼人から視線を避ける癖がつきつつある。
別に自分自身にやましい気持ちがある訳ではない。
私が側にいたいと願うのも、何も隠すことなく素の自分でいられるのも隼人の前でだけ。
そういう意味で、隼人は私にとって特別な存在なのだろうと思う。

「課長、こちらにいらしたんですね。社長がお呼びです」
隼人を探してやって来た川村唯が、隼人を急かしている。

「ああ、わかった」

隼人は優也さんの肩をポンと叩いてから、じゃあと背を向ける。
当然のように後ろからついて行く川村唯の姿。
私は黙って二人を見送った。