「お疲れー!」

羽田空港からほど近い居酒屋で軽くグラスを合わせると、伊沢は早速身を乗り出して恵真に聞く。

「それで?どうなったの、その鳥。無事に追い払われて退いてくれたの?」
「うん、5分後にね。でもそれも野中キャプテンが速度調整して取り戻してくれたから、到着のディレイもなくて」
「ふーん、良かったじゃない」
「そうなんだけどさ…」

恵真は口をとがらせる。

「あーあ、せっかく今日は天候も良くてツイてるなって思ったのに…」
「それは強烈な晴れ男の俺のおかげよ」

自慢げに胸を反らせる伊沢に、恵真はため息をつく。

「いいなー、伊沢くん。いっつも穏やかなフライトだもんね」
「いや、でも俺からすれば、恵真は経験値高くていいなと思うよ。大抵のことは経験済みだろ?落雷もバードストライクも」
「うん。食事中の鳥は初めてだったけどね」

そう言うと、伊沢はゴホッと食べかけの焼き鳥にむせ返る。

「あっははは!ほんと、お前のネタは増える一方だな。俺さ、キャプテンとの雑談でお前の経験談話すと、一気に場が和むんだよ」
「えー、ちょっと!何を勝手に話してるのよ?」
「まあまあ、いいじゃないの。今日の原田キャプテンも、お前と一緒に乗務するのを楽しみにしてるって言ってたぞ」
「え、そうなんだ」

伊沢に上手く丸め込まれた気もするが、確かにまだ面識のない機長にそう言ってもらえるのはありがたい。

なにせ社内には2千人以上のパイロットがいて、ほとんどの乗務は、初めましてと機長に挨拶することから始まるのだ。

ましてや恵真は、社内に25人しかいない女性パイロットの一人。
相手の機長も、女性副操縦士との乗務は慣れておらず、どう話していいか困惑されたりもするのだ。

そう思えば、伊沢が間に入ってくれて場が和むのなら、恵真にとっても喜ばしい。

「でも伊沢くん。いったい何人のキャプテンに私の話してるの?」

すると伊沢は、神妙な面持ちで手にしたグラスをテーブルに置いた。

「それなんだけど…。今日、お前に話があるって言ったのはそのことでさ」
「ん?なあに」

恵真が首をかしげると、伊沢は真剣な顔で口を開いた。