(え……?)


 ぼやけた視界の中に、なぜか彼が映った。
 観客席の後ろの方。
 パーカーのフードで顔を隠しているけれど、私にはそれが彼だとわかった。

「奏多……くん?」

「りっか、歌って!」

 フードを外し、以前のような優しい笑顔で彼が言った。

「えっ、もしかしてKanata!?」
「マジで!?」
「うそー……っ!」

 観客席がどよめく。

 そんな中、私は静かに息を吸う。
 そして彼のためにいつも歌っていたあの『子守唄』を、私は歌った。


 ――!


 あんなに騒めいていた観客席が静まり返る。
 皆が、私の歌を聴いてくれているのがわかった。

 子守唄が終わるタイミングで、ずっと練習していた楽曲の演奏が再開された。
 後ろを振り向けば、妹尾くんも、鈴子ちゃんも、植松くんもこんな私に笑顔を向けてくれていた。
 私はその演奏に乗せて、今度こそ何度も練習した歌を歌い始める。

 歌い始めたら本当にあっという間で、気が付けば体育館は大きな拍手に包まれていた。

 と、観客席の向こう、体育館を後にする彼の姿が見えた。

「追いかけて、りっかちゃん」
「!」

 そんな明るい声に振り向けば、妹尾くんが微笑んでいた。

「妹尾くん……ありがとう!」

 私は妹尾くんにマイクを渡し、舞台を下りて彼を……奏多くんを追いかけた。