思ったとおり、クララとシャルルは同じクラスだった。
 Fクラスだ。そのほかのクラスメイトたちは、ほぼ知らない顔ぶれだった。
 たぶん、クロウだろう。中等部までのクラスメイトたちはクララの出自を知っているから、そういった先入観のないメンバーを集めてくれたのだ。

 式典が終わり新しい担任教師の軽い挨拶が終わると、解散になった。シャルルが駆け寄ってきた。
「クララ、今日わたしの寮に来ない? 新入生歓迎パーティーがあるのよ。寮生じゃなくても参加できるの」
 
 シャルルは家が遠く、通学が困難なため、学園の寮に住んでいる。中等部の寮には何度か呼ばれたことがあるが、とても寮とは思えない美しさだった。さすが、良家の子息たちが通うエリート校である。

 新しい高等部の寮も気になるが、今日は先約がある。
「あ……ごめん、今日はこのまま買い出しに行くの」
「あら、そう。残念だけど、また今度ね」
「うん。また明日ね」

 シャルルを見送ると、手持ち無沙汰になった。クロウは仕事が終わったら迎えに来ると言っていたが、このままここで待つのもな、と思い、クララは荷物をまとめる。
 
 昼下がりの校舎は、学生たちでにぎわっている。彼らのあいだをすり抜けて、クララはクロウを探した。
 そろそろ仕事は終わっただろうし、魔法薬学の研究室にいけば会えると思ったのだ。

「研究室棟は、たしか大学部の裏の道を行くんだったっけ……」
 しまった、と思う。自分が方向音痴であったことを忘れていた。シャルルに聞いておくべきだったか、と思いながらも、とりあえず構内図の記憶を頼りに進んでいく。しかし、努力も虚しく行き止まりに行き着いた。
 ダメだ、とりあえず今来た道を分かる限り戻ろう、と踵を返したときだった。
「おや。きみはお姫ちんじゃないか」
 姫とはなんだ、と他人事のように顔を上げると、そこには見知らぬ男性がいた。制服ではない。教師だろうか。
 すらりとした長身で、さらさらとした髪は杏色をしている。切れ長の目が少し冷たく見えるが、雰囲気は凛としたひとだ。
 
 目が合った。

「ねぇ? きみ、クララちゃんだよね?」
「え……」 
 クララは戸惑いがちに男性を見つめる。
「僕、クロウ先生の助手のロードって言うんだ。お姫ちん、もしかしなくてもクロウ先生のとこに行きたいんじゃない?」
 目が泳ぐ。が、今さら否定しても無駄だろう。
「……そうですけど」
「それなら、おいで。僕が連れて行ってあげるよ」
 
 クララは困った。知らないひとにはついて行かないと、クロウと約束している。
「……あ、もしかして僕、信用されてない?」
 ロードと名乗った男性は、苦笑しつつクララを見た。
「大丈夫。なにもしないよ?」
「……えっと……」
 悪い人ではなさそうだが、どうしよう。

 クララはしばらく考えた末、「じゃあ、お願いします」と、返事をした。

 歩きながら、ロードはずっと喋っていた。
「いやぁ、ようやく会えて嬉しいよ、お姫ちん」
「はぁ……」
「先生にいくら紹介してって言っても、絶対に会わせてくれなくてさぁ。でも、やっぱり生で見ると全然違う。百割増で可愛いね、お姫ちん」
 
「……あの、ロードさん」
 クララはそっと尋ねる。
「その、お姫ちんってなんなんですか……?」
「あぁ、ごめんね。先生がすごく大切にしてるから、お姫様みたいだなって」
「……そんなことは」
 ないと思うが。世話なんてされた覚えないし、むしろ、世話をしているのはクララの方だとすら思っている。
 
「研究室での先生ね、本当にきみの話ばかりなんだよ。見せてあげたいなぁ……あのでれでれした顔。あ、でも先生は嫌がるかな……」
 ロードの一歩後ろを歩きながら、クララはそっとその男を見上げた。 
 すっと通った鼻筋、切れ長の瞳は空の色に似ている。クロウとはまたべつの、美しいひとだと思った。
 
 研究室棟に入ると、魔法薬学研究室の前には上級生の女子学生が多くいた。
「あぁ……またやってる」と、それを見たロードが嘆く。

 クララはロードから学生たちに視線を向けた。
 もしかして、講義がまだ終わっていなかったのだろうか。しかし、講義終了のチャイムはなっていたはずだが。
 と、思っていると、女子学生の真ん中に見覚えのある顔を見つける。
 人だかりの中心に、クロウがいた。クララは足を止めた。