そしてちょっとだけクララから目を逸らし、口を尖らせるようにして言った。
「……まぁ、わたしはクララのことが大好きだから、もちろん嬉しいけれど」
「ありがとう、シャルル」
 クララはシャルルのことが大好きだ。そして、クララが大好きなシャルルのことを、クロウもとても大切にしてくれている。
 そう。クラス分け表を改竄するくらいに。
 
 幼い頃親に捨てられ、身元が曖昧なクララは友だちは決して多くない。クロウが親代わりということで、これまであからさまないじめを受けることはなかったが、いつだって輪の中には入れてもらえなかった。
 
 シャルルとの出会いは、初等部一年のときである。チョーカーの魔力を借りた魔法をまだ使いこなせていなかった頃、クララは魔法体術の授業で怪我をした。

 クラスメイトがふざけて放ったボールを避け切れず、顔面で受けてしまったのである。痛みよりも驚きのが大きくて、クララはショックで泣いてしまった。
 
 それ以来、魔法体術の授業が怖くなっていたクララに、そっと声をかけてきたのがシャルルである。
「わたしも魔法体術苦手なの。だから一緒に練習しよう」と、シャルルはクララの魔法の特訓に付き合ってくれたのだ。
 あのとき、クララは始めて友だちというクロウ以外のひととの繋がりを持った。

「あら? ぼんやりしちゃって、またクロウ先生のことでも考えてたのかしら?」
「違うよ。シャルルのこと考えてたの」
「わたし?」
「うん。同じクラスがいいなって」
 シャルルが感動したように瞳をうるませた。
「大丈夫、きっと同じクラスよ! そういえば、今年から魔法薬学の授業もあるしいろいろと楽しみだわね、クララ」
「うん?」
 魔法薬学、とシャルルの言葉を頭の中で反芻して、ぼっと全身の熱が上がった。
「べ、べつに楽しみなんかじゃ……」
「ふふ。照れなくてもいいじゃない」
 
 魔法薬学は、聖マリアンヌ学園の高等部から追加される科目だ。担当教師はクロウである。
 これまで同じ学園の敷地内にいたとはいえ、中等部の校舎にはまるっきり姿を見せなかったクロウだが、今年からクララは高等部の校舎に通うことになる。
 校舎内でも顔を合わせることができるのだ。

「相変わらず大好きなのね、クロウ先生のこと」
「……そんなんじゃ」
 ない、と、ぼそっと小さく否定するが、声は弱い。
 
「クロウ先生っていくつだっけ?」
「……二十六くらいだったかな」
 クロウは出会った頃から見た目がまったく変わっていないので、あくまで見た目年齢での話だが。
「となると結構いい歳よね……ねぇ、クロウ先生って恋人いないの? あれだけの容姿なら、めちゃくちゃ人気ありそうだけど」
 少し間を置いて、クララは口を開く。
「……いるよ。毎回、あんまり長くは続かないみたいだけどね」
 
 容姿に関しては申し分ないし、外ではやけに紳士的にしているからか、クロウは女性によくモテる。
 しかし結局、最後にはぐーたらな本性が出てしまうのだろう。毎回、最終的には女性にふられてしまうみたいである。
 
 クララの言葉に、シャルルは驚いた顔をした。
「詳しくは知らないけどね。クロウ、そういうことはあまり話さないから」
「ふぅん……」
 話していると、始業時刻を知らせるチャイムが鳴った。
 
 ハッとする。少しのんびりとし過ぎたかもしれない。前を見れば、いつの間にかクロウの姿も見えなくなっていた。
 クララは足を早めながら、シャルルを振り返った。
「式典始まる前にクラス確認しないと。行こ、シャルル」
「あ、うん」