次に美優が目を覚ますと、見慣れない部屋にいた…

(…あれ、わたし…)

辺りを見渡すと綺麗に整理整頓され、机にクローゼットにドレッサーまである…

(ここは、航也の家?)

廊下に出ると突き当りの部屋から明かりが漏れている。

ガチャ…

「おう、起きたか?
今ちょうど起こしに行こうと思ってたとこ。フラフラしないか?」

「うん、大丈夫。私、ずいぶん寝てた?全然気付かなかった」

「疲れが溜まってたんだろ、昼頃に帰って来たけど、ぐっすり眠ってたから、そのままベッドに運んだ。
あの部屋はお前が好きに使っていいぞ。急いで家具揃えたから、気に食わなかったら悪いけど」

「いえ、そんなことないです。素敵なお部屋まで、ありがとうございます」

「敬語は禁止だろ?さっき、貧血も出てたしな。飯食ったら、薬しっかり飲もうな」

美優はコクンと頷く。

「こっちおいで」

リビングの扉の前で立ってる美優をソファに座らせる。

「今、夕方の5時過ぎたとこ。昼飯食わずに寝たから、腹減ったろ?出前頼んでおいたから、少し早いけど夕飯にしようか?
食べれそう?」

「うん、お腹空いた!」

「よかった、無理しなくていいからな」

そう言うとキッチンから黒いお重を持ってきて、開けてくれた。

「わぁ〜、すごい!いいの?こんなに高いもの」

「退院祝いにな。出前で悪いけど、うな重注文しといた。
高いものって言っても俺は医者だぞ?こんなもん、いくらでも食べさせてやる。
食うもん食って、しっかり体調戻すぞ。元気になったら、出前じゃなくて、ちゃんとした店に食いに行こうな」

「うん」

(やっぱり医者ってすごい笑)

2人でゆっくり食べ始める。

出前と言っても、やっぱり外のご飯は美味しい!

美味しくて、3分の2くらい食べられた。

「はぁ…もうお腹いっぱい」

「結構食べれたな。気持ち悪くないか?」

「うん」

「少し休んだら、風呂に入って早めに寝るぞ。
明日、俺は朝から仕事だから、朝8時頃に家出て、帰りは6時くらいになるかな。
急変とかヘルプに呼ばれれば、夜遅くなることもあるから、そしたら連絡入れるな」

それから、2人はソファで紅茶を飲みながら、ゆっくりと過ごした。


〜入浴後〜
美優が先に済ませ、航也がお風呂から出てくるのをソファに座ってテレビを見ながら待っていた。

「コホッ、コホッ」
乾いた咳が出始め、発作が始まるような感覚…

でも入院中に航也や看護師さんの指導のおかげで、この程度の発作なら、吸入器を吸って対処できるようになっていた。

自分のカバンから吸入器を取り出し、いつものように吸う。

これで落ち着くはず…

そう思う反面、
ここは病院とは違う…
航也の家にいるとは言え、今は1人しかいない…

病院以外の場所で、発作の対応をしたことがない美優は、だんだんと不安に襲われる…

そして、いつもの発作とは違う苦しさと、手が痺れる感覚に襲われた。

「ゴホッ、ゴホッ…ハッ、ハッ、ハッ」

何これ…

明らかにいつもの発作時より、早くなる呼吸。

美優はどうしたらいいか分からず、そのままリビングの床に座り込む。

すると、
「おいっ!美優!?どうした?喘息か?今、聴診器取ってくるから」

美優の姿を見た航也が、慌ててリビングを飛び出し、戻ってきた。

美優の手に握られてる吸入器の残量を確認する。

「吸入器使ったんだな、えらかったな」

美優が頷くと同時に聴診器が入ってくる。

「美優、ゆっくり、ゆっくりで大丈夫だから」

(…喘鳴は落ち着いてる、喘息の発作じゃないな)

「美優、今苦しいと思うから、聞くだけ聞いて?
喘息は吸入器で落ち着いてる。今苦しいのは、パニックで呼吸のし過ぎで、過呼吸になってるだけだ。
息を吐く時に口をすぼめて、ゆっくり吐き出すんだ。
大丈夫、体の酸素は十分足りてるから。いいよ、その調子、慌てないでゆっくりでいいよ、手の痺れも少しずつ良くなるから」

美優が安心できるように航也は声を掛け続ける。

20分くらいして、少しずつ呼吸が楽になってきたが、美優は不安と恐怖から、泣きながら航也に抱きつく。

「ヒック、ヒック…こわい…」

「ごめんな。病院以外のとこで発作が出たの初めてで、怖かったな」

ソファに座って、航也は美優が泣き止むまで、背中や頭を擦って落ち着かせる。

しらばくすると、美優の呼吸は落ち着き、眠そうな目になってきた。

「ベッドで眠るか?」

「ん?いやっ、こわい…」

小さい子供の様にグズる。
珍しいな…

「ん?何かあったかいな?
美優、ちょっと熱測らせてね。だるい?」

「ん〜分からない…」

ピピピッ

「37.6か…発作が出たせいで熱上がってきたかな…」

しばらくすると美優の寝息が聞こえる。

ゆっくりベッドに下ろすと美優の目がうっすら開く。

「いや…こわい…」
そう言って航也の袖をギュッとつかむ。

「大丈夫、俺はここにいるから、安心して眠りな」

美優のお腹をトントンして寝かし付ける。

退院してからの数日間はあまり体調が安定しないままだったが、航也は、美優の通学のことを考えていた。