美優が入院してから3週間が過ぎようとしていた。

喘息の方は薬が効いて、発作の頻度も程度も落ち着いてきている。

そして、軽度の発作なら、美優1人で吸入器を使い、対応できるようになってきた。

「そろそろ退院の許可を出せるかな…」

学業に遅れないためにも、美優をずっと入院させるわけにもいかない。

鳴海は美優の病室に向かう。

「あっ、鳴海先生、おはようございます」

鳴海の姿を見つけた美優が、元気よく挨拶をする。

入院生活にも、スタッフにも少しずつ慣れてきた美優は、笑顔が増え、元の明るい性格に戻りつつある。


鳴海は、そんな美優を愛おしく感じ、美優の笑顔を守りたい、そばにいたいと強く思い、美優に惹かれている自分に気が付いた。

美優もまた、やや強引で心配性だが、優しく患者思いで、仕事に真剣な鳴海先生のことが日に日に好きになっていった。


鳴海は、美優のベッド脇の丸椅子に座り、話し掛ける。

「今日の調子はどうだ?苦しくはないか?ご飯はどのくらい食べられた?」

状態を把握するため、色々聞いてくる。

毎日変わり映えのしない質問に美優はクスッと笑う。

「ん?俺の顔に何か付いてるか?」

「うぅん、毎日真剣な顔して同じ質問してくるから、つい笑っちゃった…ごめんなさい(笑)」

「全く、俺の心配も知らないで気楽なもんだな。まぁ、笑えるほど元気になってきた証拠だな。さっ、冗談言ってないで、早く診察するぞ」

いつものように聴診器で胸の音を聞き、耳の下のリンパを触り、下瞼を下げ、貧血がないか色々見ている。

「ちょっと貧血出てんな。いつも半分くらいしか病院食食わないからだぞ。とりあえず、鉄剤出しとくから、ちゃんと飲めよ」

「それと…今後についての話だけど、喘息の方はまだ完全と言えないが、自宅で様子を見れないこともない。
ただ、1人暮らしの状態で、中程度以上の発作が出たら、まだ1人では対処出来ないと思う。
だから、退院の許可出す条件として、俺の家に来ないか?
俺も病院に泊まることが多いが、病院に近いマンションだし、何かあればすぐに駆け付けられる。
それに、俺が家にいる時は状態を把握できるしな。嫌なら、また違う方法を考えるつもりだけど、少し考えてみて?」

「え?いいんですか?
でも…私…先生の負担になっちゃういますよ…家に帰ってきて患者が家に居たら、休めないでしょ…だから…」

「俺が側にいたいんだ…」

「えっ??」

「お前がどう思ってるかわからないが、俺…お前のこと放って置けない。お前のこと好きなんだ。急にごめん…ビックリさせたよな。それに…また1人暮らしの環境に戻したら、俺の方が心配で生きた心地しない。
俺の気持ちばかり押し付けて悪いけど…でももし嫌だって言うなら…」

「うぅん、嫌じゃないです。嬉しいです。私も先生の事が好き。一緒に居たいです。でも…本当にいいんですか?」

「当たり前。俺が一緒にいたいの、美優と…」

不意に呼び捨てにされて、一瞬思考が停止していると、鳴海は美優を優しく抱きしめる。


美優は両親が亡くなってから、祖父母に迷惑を掛けないように、1人で必死に頑張ってきた…

気持ちが休まる日なんて正直無かった…

でもこれからは1人じゃない、頼っていい人が出来たんだ…

そう思うと嬉しくて、美優は涙をポロポロ流す。

「もう、お前は1人じゃない。俺が付いてる、ずっとそばにいるよ」

「うん…先生、ありがとう…グスン」

「あんま泣くとまた発作が出んぞ、泣き止め、な?
それに…彼氏になったんだから、先生は止めようか?」

「え?こうや…?」 

「何で疑問形なの?(笑)
まぁいいや。じゃあ、今日俺当直だから、明日の朝仕事終わったら一緒に帰って、そのまま美優のアパートに荷物取りに行こう」

そう言って、航也は美優の頭をクシャっとなで、仕事に戻って行った。


〜次の日の朝〜
美優が退院の準備を始めていると、航也が入ってきた。

「帰る準備進んでるかー?
あと1時間くらいで帰れるから、病室で待ってろよ」

「うん、でも荷物これだけしかないから、大丈夫です」

「そっか。じゃ、またな」
忙しそうに出て行った。

それから1時間が過ぎ、美優はベッドに座り、足をブラブラさせながら航也を待つ。

待ちに待った退院と、航也と一緒に暮らせるワクワク感に、浮足立っていた。

その時ドアが開き、愛しい人が入ってきた。

白衣を脱いで、ジーパンに白シャツ姿。
美優はつい見とれてしまった。

「わりぃ、遅くなった。じゃあ、帰るぞ」

美優は目をキラキラ輝かせて、航也を見つめる。

「ん?どした?具合悪い?」

「違いますッ!帰れるのが嬉しくて」

「ハハッ、餌を待ってる子犬みたいだな」

「早く行こうっ!」
待ってましたと言わんばかりに、美優はベッドからピョンっと降り、急ぎ足で病室から出ようとする。

その時、
「おい、待て」
航也の低い声が聞こえ、腕をつかまれる。

「落ち着け。退院って言ってもまだ本調子じゃないんだぞ。絶対走るな、わかったか?」

「は〜い…」

「よし行くぞ、荷物はこれだけか?」

はしゃぐ美優とは対象的に、しっかり美優の体調を心配する所は、さすが医者。

お世話になった看護師さん達にお礼を言って、航也の後を付いていく。

病院の職員駐車場に1台の高級車が停まっている。

「え?これですか?」

「あぁ」

前に1度乗ったことはあったけど、外が暗かったし、苦しかったしで、全然覚えてなかった(笑)

美優が後部座席のドアを開けようとすると、

「お前は助手席だろ、彼女なんだから」

そう言われて美優の顔が赤くなる。

「どした?熱あるか?」

おちょくりながら、おでこを触ろうとする航也の手を払う。

「もうっ!からかわないでくださいよ!」

と頬を膨らませて怒ってみる。

「悪かったって、怒るなよ。さ、行くぞ。まずは美優のアパートに寄って、荷物積んだら、少しドライブして帰るか?
気持ち悪くなったりしたら言えよ?」

「久しぶりに外の景色見ました、嬉しい!」

美優は目をキラキラさせて外の景色を眺めてる。

航也はその姿を横目で見ながら、思わず可愛いいと思う。

無事に美優のアパートに着いて荷物を積み、再び車を走らせる。

アパートの契約終了の手続きは、美優が入院中に航也が既に済ませておいたので、荷物を運び出すだけで良くなっていた。

「色々ありがとうこざいました」

「どういたしまして。
それと…その、ございましたって止めない?彼女なんだから、これからは敬語は禁止な。
それに、これからは2人で暮らしていくんだから、遠慮はするな。美優の家でもあるんだから」

「うん」

それから、少し遠回りをしてドライブをしながら、航也のマンションに向かった。

車を走らせてどのくらい経っただろうか、急に美優の口数が減り、若干顔色が悪いことに気付く。

「美優?どした?気持ち悪くなったか?」

「うん…ちょっと…でも大丈夫…」

航也は、車を一旦停止し、美優の脈と下瞼を確認する。

「やっぱし貧血のせいだな…今日はこのままマンションに向かって休むぞ。眠れそうなら、着くまで寝てな」

そう言って美優の座席シートを倒してくれる。

「ごめんね…」

「謝らなくていい。これからは、好きな時に好きなだけ出掛けられるから、まだ無理は禁物」

美優は頷き、そのままシートにもたれ掛かって目をつぶった。