それから1週間、美優の熱は上がったり下がったりを繰り返していた。

そして、さらに1週間を過ぎた頃、ようやく熱が下がり始め、少しずつ食事も取れるようになってきた。

しかし、喘息の方はまだ不安定な状態で、日に何度か発作を繰り返している。

(ずっとベッド上安静をしているわけにもいないし、少しずつリハビリを進めないとな…)

航也は美優のリハビリを考える。

〜ナースステーションにて〜
「203号室の鈴風さんだけど、ベッド上安静から病棟内フリーにしようと思うんだ。
喘息の方がまだ安定してないから、看護師の付き添いでお願い。ちょっとずつ歩ける距離伸ばして、リハビリ進めて欲しいんだけど、異変あったらすぐコールして」

「わかりました」

美優は、熱は下がったものの、発作を繰り返し、貧血もある。

1週間寝たきりだったせいで、まだ1人では歩かせられない。

看護師が付き添いながら、歩くリハビリを始めることになった。


「美優ちゃん、今日から少しずつ歩いてみようね。トイレも部屋のじゃなくて、ちょっと離れた所のトイレ使ってみようね。
今はどう?少し歩ける?
あっ、歩く時は必ず看護師と一緒にね」


看護師が来て、美優の様子を見ながら声を掛ける。

「はい…」

歩けるようになって嬉しい反面、喘息発作が出ないか不安…

「ゆっくりだよ、まずはベッドに座ってみよう。クラクラしない?」

「はい、大丈夫です」

「うん、じゃあ今度はゆっくり立って歩いてみよう」

美優は恐る恐る足を進める。

若くても1週間も寝てるとこんなに力が入らないんだと、びっくりする。

病室から10メートルくらい歩いた所で、何だか喉の奥が締め付けられるような、詰まるような感覚に襲われる…

「ゴボッ、ゴボッ…」

思わず前屈みになる。

「みゆちゃん?大丈夫?ちょっと苦しくなっちゃったね。そこのベンチに一旦座ろうか、ゆっくりでいいよ」

「すみ、ません…、ハァ、ハァ…ゴボッ、ゴボッ」

「少し待ってて、先生呼んでくるね」

看護師が慌てた様子でナースステーションに向かい、しばらくして、鳴海先生と看護師が走ってくるのが見えた。

「大丈夫か?やっぱり発作出たな。ゆっくり深呼吸だぞ、胸の音聞くな。ゆっくり、慌てなくていいから」

背中を聴診器で聞いた後、

「このまま病室運ぶから、モニターと酸素マクスお願い。
あと、点滴のルートは俺が取るから用意も頼む」

そう言いながら、看護師に指示を飛ばして、美優を姫抱きにして病室に運ぶ。

「もうちょっとだ、頑張れ」
「発作止め入れるな、ちょっとチクッとするよ」

美優をベッドに寝かせ、素早く点滴を刺す。

少しずつ呼吸苦は落ち着いてきたものの、美優は不安で涙が溢れる。

その涙を鳴海が優しく指で拭う。

「よく頑張ったな。さっきはビックリしたな。もう大丈夫だから」

そう言うと、美優のお腹をトントンしてくれる。

美優は鳴海の言葉に安心して、目を閉じた。


〜ナースステーションにて〜
「さっきはありがとう、鈴風さんのモニターのチェック、こまめにお願い」

航也は看護師に指示を出す。

「あっ、ありがとうございました。さっきはすみません。リハビリ初日なのに美優ちゃんに無理をさせてしまいました…」

「いやいや、大丈夫だよ。本人が発作が出そうな感覚を覚えて、落ち着いて対応できるようになるまでには、まだ時間がかかるからね。
あの様子だと、発作からパニックになってるみたいだから、気持ちがまだ付いていけてない感じだと思うけど、少しずつで良いから、本人の様子見ながら、明日以降またリハビリ進めてみてくれる?」

「はい、わかりました」


そう看護師と会話を交わし、鳴海は美優の退院について考えていた。

美優の喘息は難治性の可能性が高い。この先、喘息を治すというより、発作に上手く対応しながら、日常生活を送らなければならないが、今の美優は発作が起こると、パニック発作に繋がりやすい。
1人で対処法を身に付けるまでには、それなりに時間がかかる。軽い発作なら吸入器を使って様子を見れるが、急に中程度〜重症の発作が出たときに1人で対応するには、長年喘息を患っている患者でも難しい。
それを1人暮らしの美優にさせることは、まだできない。

「どうすっかな〜」と頭を悩ませる。

同じ科の同僚や救命センターの先生に相談してみても、やはり皆、鳴海と同意見だった。