ずっと、そばにいるよ

キャンプファイヤーが始まり、参加者は火の周りに集まる。

美優は煙を吸うと良くないため煙が来ない離れたベンチに座り、みんなを眺める。

キャッ、キャッとはしゃぐ子供達の声が聞こえる。

付き添ってくれている看護師さんが声を掛ける。

「美優ちゃん、カレー美味しかったね。体調回復して良かったね。今は体調どう?」

「はい、大丈夫です」

そんな会話をしていると、航也と看護師さんが交代する。

「ありがとう。俺が代わるよ」

「はい、お願いします。美優ちゃんまたね」

看護師さんはキャンプファイヤーの集団に向かう。

「美優大丈夫か?体調は変わりない?」

そう言いながら航也は自分の上着を美優の肩に掛けてくれる。

「うん。ありがとう」

「外の環境にまだ体が慣れてないから無理するなよ」

「うん。でも今日ここに来れて本当に良かった。発作が出たりするのはつらいけど、みんなそれぞれ病気と闘ってるんだって思ったら、自分も頑張らなきゃって思えたし、私は華や翔太や航也が側にいてくれて幸せだなって…」

「そうか、美優がそう思ってくれて嬉しいよ」

そう言うと頭をポンポンしてくれる。

みんなから離れて2人きり。
何か特別な会話をするわけではないけれど、やっぱり航也の側が1番落ち着く。

外はすっかり暗くなっている。
2人の時間をしばらく過ごしていると、昼間に会った医学生のが走り寄ってきた。

「鳴海先生!さっきあっちで転んで怪我した子がいて、鳴海先生に診て欲しいと言ってます」

「わかった、君、美優の側に付いていてもらえる?」

「わかりました」

そう言って航也は医学生が指さした方向に走っていく。

昼間のこともあり、美優はこの人のことがちょっぴり苦手…
よりによってなんでこの人が航也を呼びに来るかな…苦笑

航也と交代し、医学生は美優の隣に座る。

「美優ちゃん、1人だけみんなのいるキャンプファイヤーから離れた所にいて、つまらないでしょ?」

(そんなのわざわざ言う必要ないでしょ…)

「ううん、ここで見ているだけでも十分です」

「そう?俺さ、良いもの持ってきてるんだ!すぐそこのコテージにあるから一緒に来こう?」

ボランティアの人たちはコテージに泊まるらしい。

華と美優は宿泊施設の部屋に泊まる予定だから、翔太の計らいで一緒の部屋にしてくれたんだと思った。

美優は強引な医学生に断る理由も見つからず、キャンプファイヤーをしているみんなとは反対方向に歩いていく。

医学生が泊まるコテージに到着する。

「ちょっと待ってて、今持ってくるから」

美優が外で待っていると、手にライター、ろうそく、手持ち花火を持って出てきた。

「これ、一緒にやらない?」

「花火?あっ、でも…みんなの所に…」

「みんなはキャンプファイヤー楽しんでるよ。美優ちゃんも少しくらい楽しまなきゃ!」

美優の言うことをよそに準備を進める。

手持ち花火をあまりしたことない美優は従うしかない。

「ここのろうそくの火使って。はい、花火持って」

「あっ、うん…」

美優は言われるがまま、花火の先端を火に近付ける。

しばらくすると、シュー!と音を立てて火花が出始める。

暗い中に花火の明かりが美優の顔を照らす。

「きれい!」
花火の光につい言葉が漏れる。

「いいでしょ?これくらいしないとせっかく来たんだしさ」

美優が花火を見つめていると医学生が話し始める。

「昼間の話だけどさ…」

「ん?」

「俺…美優ちゃんのこと好きなんだよね…初めてボランティアに来た時に可愛いなって思ってさ。もし良かったら俺と付き合ってくれない?」

美優は突然のことにびっくりして固まる。

「聞いてる?」

「あっ、うん…うれしいけど、私ね、彼氏いるの」

「あぁ、そんなんだ…」

2人は沈黙になる。
気まずくて2人は次から次へと花火に火を付けていく。

「彼氏とは長いの?」

「まだ半年くらいかな」

「そっか…なんか変な空気にさせてごめん」

「うぅん、こっちこそ、ごめんなさい。花火ありがとう」

なんか気まずい雰囲気。

とりあえず花火のお礼を言っておこう。

「花火終わったら戻ろうか」

「うん」

気まずい中、じっとしゃがんで花火をしていると、急に風向きが変わって、美優の方に煙が流れて来た。

煙から逃げる暇もなく、美優は煙を思いきり吸い込んでしまった。

ツンとする火薬のにおい…

その瞬間、気管支がギュッと締め付けられる感覚がして、同時に「ゴホッ、ゴホッ」と咳が出る。

「美優ちゃん大丈夫?」

「うん、煙でムセただけ。だいじょうぶ…ハァ、ハァ、ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ…」

徐々に苦しくなるいつもの発作とは違って、一気に苦しさが襲い喉と胸を締め付けられる。

美優はそのまま花火を手放し、膝をついてうずくまる…

「ハッ、ハッ、ハッ、ゴホッ、ゴホッ、ハッ、ハァ、ハァ…こう…や…」

意識を失わないように呼吸をするのに必死。

「美優ちゃん!美優ちゃん!しっかり!!今人呼んでくるから!」

慌てた医学生は、どこかに走って行ってしまった…


〜その頃〜
キャンプファイヤーも終盤に差し掛かり、怪我をした小学生の手当を終えた航也が美優のいる場所に戻ってきた。

「あれ?あいつどこ行ったんだ?トイレか?」

航也がしばらく待っても美優は戻って来ない。

ボランティアスタッフと一緒にいる華に声を掛ける。

「華?美優知らない?」

「美優?こっちに来てないよ」

「そっか…あそこのベンチに座ってたはずなんだけど…ありがと、探してみるわ」

「私も探すよ」

翔太にも声を掛ける。

「翔太!美優見なかった?」

「おぅ、航也。いや見てないよ、いないの?」

「あぁ、どこ行ったんだか…さっき、ボランティアの男の子に美優のこと頼んでたんだけど」

「その人もしばらく見てないよ。2人でどこ行ったんだろ?まさか迷った?」

華が言う。確かに外は真っ暗。

「だけど、宿泊施設の明かりも見える位置だし、それはないだろ」

翔太が言う。

それから、子供達を宿泊施設に戻すスタッフと、美優たちを探すスタッフに分かれて動くことになり、美優を探しに行こうとしたその時、どこからか声が聞こえた。

「鳴海せんせー」

暗闇から誰かが走ってくる。

「鳴海先生!早く来てください!ハァ、ハァ、美優ちゃんが!」

さっきの医学生が血相を欠いて走って来た。

「は?どこ行ってたんだよ!美優は?」

「こっちです!!花火してたら…」

「は?」

花火という言葉に航也と看護師は驚いて顔を見合わせる。

「お前、花火って…」

「すみません、俺…」

「とりあえず事情は後で聞く。美優はどこ?」

「こっちです!」

航也、牧田先生、看護師、華、ボランティアは急いで美優の元に向かう。

コテージが建つ場所に行くと、美優が倒れているのが目に入った。

「おいっ!美優!美優!わかるか?おい!」

「ハァ、ハァ、ハァ、ゴホッ、ゴホッ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ゴホッ、ゴホッ」

「美優、手握って!」

荒い息遣いをするのがやっとで返事が出来る状態じゃない。

呼び掛けに反応はなく、手も握らない…

美優の周りには消えた手持ち花火が数本落ちている。

「くそ!急いで処置室運ぶよ!準備急いで!」

航也は美優を抱いて急いで処置室に走る。

「美優?美優?しっかり!もう大丈夫だよ!」

華も必死に呼び掛ける。

美優は力なく、だらんとしている。

処置室に運ばれた美優の状態は最悪で、強い薬を投与し発作を抑える。酸素マスクで投与できる限界量まで酸素濃度を上げる。

これでも改善しなければ挿管も考えないと…病院ではない所でこんなことが起きるなんて、航也も完全に想定外だった…

美優のヒューヒューという狭窄音が聴診器で聞かなくても聞こえてくる。

「鳴海先生、SpO294%です」

「点滴の側管から発作止め追加してくれる?これ以上低酸素続くとマズイな…」

「すぐ入れます。美優ちゃん薬入るよー」

牧田先生と看護師が航也の指示を受けて動き回っている。

「美優?わかる?目開けて?」

反応は相変わらず悪い。

しばらく様子を見ていたが、幸い挿管せずに落ち着いてきた。

しかし、かなり大きな発作を起こしたせいで、美優は意識は朦朧としている。

「美優…なんでこんなことに…せっかく落ち着いてたのに…」

華は美優の髪を撫でながら言う。

「はぁ〜全く…」

航也もやるせない気持ちになりつぶやく。

「美優ちゃんまだ油断は出来ませんが、挿管は免れましたね…ちょっとあの医学生呼んできます。事情聞かないと…」

牧田先生は処置室を出て行った。

しばらくすると、翔太とボランティア代表者と医学生が入って来た。

代表者に促され医学生が口を開く。

「美優ちゃんのこと申し訳ありませんでした。キャンプファイヤーに参加出来ない美優ちゃんが可哀想で、花火でもして楽しませようと…」

「花火でもってお前、喘息の子に花火をさせることがどんなことかわかってるのか!
医学生だろ?そのくらいわからないのか!お前の軽はずみな行動で命の危険もあったんだぞ!」

「…」

「君のやったことが、どれほど危険なことだったかわかる?
美優ちゃん、来る時もバスの中で発作起こしたの君も知ってるよね?喘息の子はこうした環境に来るだけでも注意が必要なんだよ。それを花火って…」

牧田先生も尋ねる。

「はい…勝手に美優ちゃんを連れ出し、危険な目に合わせてしまいました。よく考えもせず、軽はずみな行動でした…すみません」

「私からも何てお詫びしたら良いか…私の管理不足が招いた結果です、申し訳ございません」

ボランティアの代表者と医学生が頭を下げる。

「この課外授業は遊びじゃないんだ。俺ら医療者は病気を抱える子供達が安全に安楽に過ごせるように考えて行動しなくてはいけない。子供達と一緒に楽しく過ごしているように見えても、俺等や看護師たちはいつも子供達の体調に気を配り、異変を見逃さないように目を光らせてる。
一瞬たりとも気を抜いてはだめなんだよ。気の緩みが事故やトラブルを招くから。
今回、君の勝手な可哀想という感情だけで行動したことで、美優を危険に晒したことは事実だ。
長期入院しているあの子たちが、外の環境、ましてや野外での活動をするんだ。予想外の症状が出たり、体調を崩したりするのは想定しながら行動しないと。わかるか?
君はまだ医学生だから、これから勉強を積み重ねていかないといけないけど、そういった部分を忘れてはいけないよ。いいね?」

最初は厳しく怒った航也だったが、医学生の未来を考えて、しっかり諭していく。

医学生の目から涙がこぼれる。

「後は俺と牧田先生で何とかするから、君は子供達と一緒にいてあげて。子供達に何かあればすぐ知らせて。医者の卵の君が頼りなんだから」

航也は医学生の肩をポンと叩く。

「ありがとございます」

深くお辞儀をし、医学生とボランティアの代表者は処置室から出て行った。


「はぁ〜、ここ最近で1番肝が冷えたわ」

航也が天を仰ぎつぶやく。

「そうですね。全く…笑えない状況でしたね」

航也と牧田先生の会話から、美優がどれほど危ない状況だったのがわかる。

「2人ともお疲れ様。まさかこんなことが起きるなんてな…」

翔太もこの状況に驚いている。


すると「あっ美優?ん?吐きそう?航也!美優が…」

美優に付き添っていた華の慌てた声がする。

航也、牧田先生、翔太は慌ててカーテンを開ける。

美優は目を覚ましたが、強い薬の影響で腹痛と吐き気が出たみたい。

「美優横向きな!吐いていいぞ。目覚めたな」

すると美優は一気に戻し始めた。

「オェ…ハァ、ハァ、オェ…お腹…いたい」

「美優ゆっくりだよ、深呼吸してて。お腹痛いんだね」

「や〜、ハァ、ハァ、オェ…」

美優は状況が飲み込めず、パニックになりかけている。

「鳴海先生、吐き気止めと鎮静剤入れます?」

「そうだね、頼む」

牧田先生が手早く点滴を追加してくれた。

その後、何とか状態は落ち着き、華、翔太、牧田先生は処置室から出て行った。

「美優?落ち着いてきてるよ。びっくりしたね、もう大丈夫だよ」

航也は美優の頭を優しく撫でる。

美優はぐったりしてるが目を開けている。

「美優?花火したの?」

美優は小さく頷く。

「美優みたいな喘息の子は煙は良くないんだよ。だからキャンプファイヤーも離れた所から見せてたんだけど、まさか手持ち花火するなんて夢にも思わなかったから。ちゃんと伝えてれば良かったな…ごめんな」

「美優が…ごめんなさい…」

「大丈夫だよ。まだ苦しい?」

「さっきより…よくなった」

「そっか。今ちょうど夜の7時半。みんなお風呂に入ってる時間かな。華ちゃんが順番来たら迎えに来てくれるから、華ちゃんと一緒に入ってきな。俺は何かあったら対処出来るように待ってるから」

「心配ばかり…かけて、ごめんなさい」

「ハハ、まぁ、さっきのは流石に焦ったよ(笑)」

8時半過ぎ、華が処置室に入ってきた。美優も普通に会話出来るようになった。

「美優?大丈夫?お風呂入りに行こう?」

「うん」

「立てる?今日は私が頭洗ってあげるよ」

「フフ、ありがと」

「華、頼むな。俺外で待ってるから、何かあったら呼んで?」

「わかった。長湯しないで出てくるね」

それから無事にお風呂を済ませて、美優と華は部屋に入っていった。

「俺も翔太と風呂済ませたらまた来るから、ゆっくりしてて」

「うん、わかった」