ずっと、そばにいるよ

目的地に到着しバスガイドの指示で、みんなが次々にバスから降りていく。

奈々も心配そうに美優を見ながら降りていく。

「美優は1番最後に降りような。降りたら処置室行って酸素と点滴させて」

美優は力なく頷く。

みんなが降りたのを確認し、バスガイドが声を掛ける。

「大丈夫ですか?お手伝いしましょうか?」

「ありがとうございます。僕が抱いていくんで大丈夫です」

そう言うと、航也はぐったりする美優を抱きかかえ、バスを降りる。

先に降りた看護師と宿泊先のスタッフが処置室のベッドを整えてくれて、そのベッドに美優を下ろす。

看護師がすぐにバイタル測定をしてくれる。

「鳴海先生、SpO295%です」

「ありがと。チアノーゼ出てるな…酸素3リットルで流して。美優点滴刺すよ、ごめんな」

「ゴホッ、ゴホッ…」

苦しそうに息をして、航也の呼び掛けに反応が鈍い。

「美優わかる?わかったら手握って?」

弱いが握り返したのがわかった。

「よし。美優、目つぶらないで起きてて?」

航也は美優の意識が落ちないように声を掛け続ける。

1時間程して、徐々に落ち着き、会話ができるようになってきた。

美優が処置を受けている間、翔太は子供達やスタッフをまとめるのに忙しそうに動き回っている。

華はボランティアとして、子供の相手をしたり、昼食会場の準備をしている。

美優の状態が落ち着いたのを見計らって、看護師も処置室から離れ、みんなと合流する。

処置室には美優と航也の2人きり。

「ごめんね…」

「ん?どうした?」

「こんな時でも私はみんなと同じ行動ができない…奈々ちゃんや他の子供達だってみんな病気を抱えてるのに、どうして私だけこんなに体調を崩しちゃうんだろう…」

美優は自分だけが体調を崩してしまうことがなんだか情けなく思えてきた。

「美優の病気は、気圧とか気温差で発作が出やすいし、症状が目に見えて顕著に出るから、そう見えるだけだよ。
他の子達は、心臓病だったら運動に気を付けなきゃとか、腎臓病だったら食事管理に気を配らないとか、その子その子で気を付ける所が違うんだよ。
自分ばかりって思うかもしれないけど、それは違うよ。美優が発作を起こす可能性があることは、スタッフ間で情報共有できていたし、だから看護師さんも翔太も冷静に対応してくれてたでしょ?こういう時のために看護師や俺ら医者が同行してるの。だから気にするな。もう少し休んだらみんなと合流しよう」

「うん、ありがとう」

航也の話に納得し、美優は少し元気を取り戻す。

しばらくして酸素も点滴も外れ、食堂に行くと、みんなお弁当を食べ終わる所だった。

2人を見つけ翔太が駆け寄る。

「美優大丈夫か?顔色良くなったね、よかった」

「とりあえず落ち着いたわ」

航也が答える。

「心配かけてごめんね…」

「大丈夫だよ。これ2人のお弁当ね」

翔太が美優と航也のお弁当とお茶を渡してくれる。

みんながいるテーブルに座ると
華が声を掛ける。

「美優大丈夫?お弁当ゆっくり食べな。私はこれから子供達と一緒に散歩に行ってくるね」

「うん、またね」

みんなは順々に食堂を出て行く。

お弁当を食べ終わったほのかちゃんとみさきちゃんが駆け寄ってくる。

「美優おねえちゃん、元気になった?ほのか達これからお外にお散歩しに行くの。おねえちゃんが元気になるようにお花摘んできてあげるね!」

「ありがとう!嬉しい!」

子供達の優しさに目がウルウルしてくる。

「あれ?レン君は?」

美優が尋ねる。

「レン君ね、お弁当食べてたら気持ち悪くなっちゃって、お医者さんと看護師さんと一緒にどこか行っちゃった」

「そう…」

「じゃあ、おねえちゃんまたね」

2人はニコニコして去って行った。

「ほらな、みんな環境が変わると色んな症状が出るんだよ。だから美優もそんなに気落とすな。お弁当食べれそうか?発作の後だから無理しなくていいぞ」

「うん…」

お弁当はとても美味しいけど、半分食べて残りは航也に食べてもらった。

食べ終わる頃、片付けをしていた翔太が声を掛ける。

「この後、美優どうする?部屋で休んでもいいし、外のベンチに座ってゆっくりしてもいいしさ。夕方4時半のカレー作りが始まるまでは自由行動だから」

「うん。バスの中で寝たから大丈夫。外のベンチで日向ぼっこしてようかな」

「うん、でも1人では行動しないでね。ボランティアの人でも良いし、必ず誰かと一緒に。航也も子供達に何かあれば対応してもらわなくちゃだから、あまり遠くに行かないで」

「遠くにってなんだよ。子供じゃないんだから(笑)美優と一緒にこの辺にいるよ」

「ハハ、そうだな(笑)俺はこれから子供達と合流してくる。子供達がアヒルのボートに乗りたいらしいから一緒に乗ってくるわ」

「アヒルのボートね、頑張れよ」

美優と航也は外の芝生のベンチに座り、景色を眺める。

宿泊施設の目の前には湖が広がり、山々が見渡せる。

翔太が子供達と一緒にアヒルのボートに向かって歩いていくのが見える。

「ハハ、あいつが1番はしゃいでるんじゃねーか(笑)」

翔太を見ながら航也が笑う。

しばらくすると、レン君と一緒にお医者さんが外に出て来た。

航也が気付き声を掛ける。

「牧田先生、レン君どんな?」

「あっ、鳴海先生。レン君不整脈の発作が出て、それで吐き気が出たみたいですが、内服で落ち着きました。美優ちゃんも落ち着いてよかったですね」

「おう、心配かけて悪かったな。レン君大事にならなくてよかったな」

牧田先生は航也の1つ年下で小児科の先生らしい。

航也と牧田先生がそんな会話をしていると、ショボンとしたレン君がベンチに座る美優の所に来て、両手を広げて抱っこを求めてくる。

目には涙が溜まっている。

美優はレン君を抱き上げ、膝の上で向い合わせに座らせる。

「レン君、どうしたの?」

「みんなとお散歩行きたかった…グスン」

不整脈の発作が出たせいで、牧田先生から遠くに散歩には行かないように言われてしまったらしい。

「レン君、おねえちゃんもね、さっき具合が悪くなっちゃってみんなとお散歩に行けなくなっちゃったの。おねえちゃんと一緒にここで遊んでいよう?おねえちゃん、レン君が一緒にいてくれたら嬉しいな!」

「うん」

美優の言葉にニコッと微笑むレン君。

レン君は美優から離れようとしないので、仕方なく抱っこをしていると、眠そうに目がトロンとしてきた。

「レン君、発作の薬の副作用で眠くなっちゃったかな」

牧田先生が言う。

「レン君は俺達で見てるよ。寝たら部屋に連れて行くから」

「わかりました。お願いします。俺は遊んでる子供達の様子見て来ます」

そう航也と会話を交わすと、牧田先生は去って行った。

美優がトントンしていると、レン君は寝息を立てて寝始める。

「レン君の寝顔かわいいね」

「ハハ、スヤスヤ寝てるな。美優は良いお母さんになるよ」

「そうかな?」

「子供達から好かれてるじゃん。子供の気持ち掴むのが上手いんだな。保育園の先生がピッタリだな」

「フフ、ならいいけど」

小学1年生のレン君だけど、全身の力が抜けると結構重い…

「美優、俺がレン君寝せてくるよ。1人で大丈夫?」

「うん」

そう言って航也はレン君を抱き上げて部屋に向かった。

1人で待っていると、ほのかちゃんとみさきちゃんが近付いてきた。

「美優おねえちゃん、これあげる。頭下げて?」

2人はクローバーで作ったかんむりを頭に乗せてくれた。

「わぁ、素敵!ありがとう!」

「おねえちゃん似合う!」

2人は満足そうに笑って、近くの芝生で遊び始めた。

すると1人のボランティアの男の人が話し掛けてきた。医学生らしい。

「美優ちゃん、さっきは発作大丈夫だった?」

「あ、はい。もう大丈夫です」

「そっか、よかったね。俺と一緒に散歩でもしない?」

「あっ、うん…でも…」

「せっかく来たんだし、じっとしてるなんてもったいないよ?」

そう押し切られて、仕方なく美優は立ち上がり、医学生についていく。

周りを見ると、ボランティアや看護師さん、翔太や華の姿も見える。

(少しくらいなら大丈夫かな…)

歩きながら医学生は、美優に話し掛ける。

「入院してると退屈で暇でしょ?でもそんなに長く学校休めるなんて羨ましいな」

美優の気も知らないで無神経なことを言ってくる…

そして、美優の事を色々聞いてくる。

「美優ちゃんって彼氏いるの?」

「え?」

「いや、高校生だし彼氏の1人や2人いるのかな〜って。美優ちゃん可愛いし」

(1人や2人って…2人いたらダメでしょ…怒)

「私、彼氏いま…」

「美優!」

いますって言おうとしたら、華に呼び止められて振り返る。

「あっ、華!」

「散歩してて大丈夫なの?航也は?」

「今ね…」

そう言って振り向くと、さっきの医学生は何事もなかったように美優から離れ歩いていく。

(ん?ま、いっか…)

「美優、どうかしたの?」

「うぅん、何でもない」

「1回戻って休憩時間だって、一緒に行こう」

「うん」

宿泊施設の入口に行くと航也が心配そうに待っていた。

「美優、どこに行ったかと思ったよ」

「あっ、ごめんね。ちょっと散歩してた」

「そっか、発作の後だからあまり無理するなよ」

その後休憩をはさんで、少し部屋で休むと、カレー作りが始まった。