だんだんと肌寒くなってきた9月下旬、美優は学校を終え、カフェのバイト先に向かっていた。

実は昨日から怠くて、すこし微熱がありそうな感覚…
食欲もないし、本当は早く家に帰って寝たい…

でも、1人暮らしの美優には、看病してくれる家族はいない。

「はぁ〜…コホッ、コホッ…」

風邪引いたのかな…

とりあえず、バイトが終わったら、コンビニでゼリーでも買って、風邪薬飲んで早く寝よう…

バイトが始まり1時間…

ヤバっ、熱が上がってる気がする…

「コホッ、ゴボッ」

痰がらみの咳も出てきた…

それに喉のあたりがなんか息苦しい…

今まで感じたことない感覚に不安を覚えながら、次々に入ってくるお客さんの対応に追われる。

それから1時間程してようやくお客さんが落ち着いてきた。

「はぁ〜…」

体のダルさと息苦しさで、ついため息が出る。

すると店長が声を掛ける。

「美優ちゃんお疲れ様。お客さん落ち着いたね。あれ?美優ちゃん、なんか顔が赤いよ?
咳も出てるみたいだし、もう今日はいいから上がりな?」

「でも…」

私が帰ったら、店長と先週入ったばかりの新人君の2人になっちゃうしな…

「ありがとうございます、でも大丈夫です。帰ったらすぐ寝るんで(笑)」

と精一杯の作り笑顔で返す。

「そう?でも無理しないでね、駄目そうなら遠慮せずに言ってね」

「はい、ありがとうございます」

美優は、それから何とか終業時間までやり抜き、閉店作業は店長に任せて店を出る。

辺りはもう真っ暗。

はぁ〜、何とか終わった…
早く帰ろう…

美優は、さらに悪化した体を引きずりながら家路を歩く。

急いで家に帰りたいけど、息苦しさは増す一方…

「ゴボッ、ゴボッ、ハァ、ハァ…」

咳をする度、喉と胸が締め付けられる感覚に、思わず立ち止まり前屈みになる。

どんどん悪化していく体調に美優の頭はついていけない。

私、どうしちゃったんだろ…
どうなっちゃうんだろ…

段々と荒くなる呼吸。

その時
「君、大丈夫?」
男の人に声を掛けられた。

暗闇で良く見えないけど、白いシャツに紺のスラックス姿の男性。

「ハァ、ハァ、あ、すみま、せん、だい…じょうぶです…」

「いやいや、大丈夫じゃないでしょ?ちょっとごめんね」

男性は、美優の手首を取り脈を測っている。

「だいぶ苦しいよね、ちょっとここで待ってて」

そう言い、近くのベンチに美優を座らせると、どこかに消えてしまった。

(今のだれ?ここで待っててって言われた?え?どうしよう…)

知らない人に声を掛けられたことに不安を感じつつ、増していく息苦しさに必死に耐える。


しばらくすると1台の車が美優の近くに停まり、さっきの男性が降りてきた。

「お待たせ、大丈夫か?」

男性は、美優の目線に合わせて、かがんで聞いてくる。

返事が出来ず、頷くだけの美優。

「苦しいの増してるな、このまま病院に連れてくから、乗って」

「だい…じょうぶ、です、ハァ、ハァ、」

苦しいとはいえ、知らない男の人の車に乗るなんて…

「俺は医者だから安心して。呼吸器の持病はある?」

(お医者さん?)

「ハァ、ハァ、ない…です、ゴボッ」

「わかった。ゆっくり深呼吸して。チアノーゼ出てるから、すぐに病院に向かうよ」

「だい…」

「だいじょうぶじゃない!今は君の言うこと聞いてられないから」

ピシャリと美優の言葉を遮り、半強制的に美優を抱き上げて車の助手席に乗せる。

「10分くらいで俺の病院に着くから、ちょっとだけ頑張れ。深呼吸続けて、そう、ゆっくり」

美優は男性の言葉に頷きながら、深呼吸をすることに集中する。

信号で止まる度、男性は美優の手首をつかみ、脈を測っている。

いつの間に連絡をしていたのか、病院の出入り口にはストレッチャーと看護師さんが数名待機していた。

「鳴海先生!」

「わるいな。すぐに処置室運んで、モニターと酸素マスク付けて、点滴のルート確保も急いで」
 
素早く指示を出し、慌ただしく看護師が動き回っている。

美優は、何が何だかわからないまま、止まらない咳と息苦しさに必死に耐える。

病院に着いて1時間…

少しずつ咳も治まり、呼吸が楽になってきた。

「大丈夫か?苦しかったな、ちょっと胸の音聞かせて」

そう言って、グッタリする美優の頭を優しくなで、聴診器で胸の音を聞き始めた。

「ん、いいよ。まだ喘鳴があるな。熱もだいぶあるから、今日はとりあえず入院してもらうよ」

美優は、入院という言葉に戸惑いつつも、呼吸が楽になった安堵感と、溜まってた疲れが一気に押し寄せて、そのまま眠りに落ちていった。