寒い冬が過ぎて、春の陽射しが気持ちいい季節になってきた。
「美優、おはよう。今日はいい天気だよ。暑いくらい」
「おはよう、航也。中にいると全然わからないよ」
「そうだな。今日の体調はどうだ?」
そう聞きながら、美優のおでこに手を当てる。
「うん、悪くないよ」
「よし、診察しちゃおうか」
そう言い聴診器を耳にかける。
「うん、いいよ。おっけ。翔太のとこ行っておいで。翔太が今日は中庭に行くとか言ってたぞ」
「本当?外に出ていいの?」
「暖かくなってきたしな、いいよ。ただし、今は血小板が低いから怪我に気を付けて。血が止まりにくいからね」
「うん、わかった」
美優の血小板は相変わらず低く、出血傾向が今一番の問題。
美優の場合は、体質に合わない薬も多く、薬剤の選別が難しい為、今のまま様子を見ていくしかない。
血圧や貧血は落ち着いていて、車椅子じゃなくて歩いて院内学級へ向かう。
点滴はまだ外せないが、美優も慣れたもので、点滴台のフックに勉強道具の入ったカバンを下げて、点滴台をコロコロ押しながら向かう。
「院内学級、行ってきます」
ナースステーションにいる看護師たちに声を掛ける。
「はーい、行ってらっしゃい」
いつもの光景。
〜院内学級〜
「翔太先生、おはようございます」
「美優ちゃん、おはよう。体調は大丈夫そうだね」
「うん、ねぇ先生?今日、中庭に行くって本当?」
「あっ聞いた?うん、今日は天気が良いし、暖かいみたいだからね。小学生が虫の観察しに中庭に行くみたいだから、美優ちゃんも俺と一緒に中庭出てみよう」
「うん!嬉しい!」
奈々ちゃんは最近、抗がん剤の治療が続いてるせいで、具合が悪くてベッドサイドで授業を受けている。
早く奈々ちゃんにも会いたい。
「よし、中庭に行くのは2時間目だから、1時間目は英語の授業やろうね」
そう言って美優は教科書を開き、翔太はホワイトボードに書いていく。
翔太先生は教えるのが上手。
それに体調を逐一観察することも忘れないからすごい。
授業の最後にその日の復習のプリントをやる。すらすら解けた!
2時間目が始まる前に、翔太先生から体調の確認をされて、無事に中庭に出ることが許可された。
中庭に行くと、小学生の3人と担任の先生がいて、図鑑を持ちながら虫探しに夢中になっている。これも「生活」という授業の一貫らしい。
中庭にある草木の所を一生懸命探している。かわいいな〜。
「美優ちゃんは、ここのベンチに座ろっか?本当に今日は暖かいね。美優ちゃんもたまには外の空気吸わないとね」
美優をベンチに座らせると、翔太は小学生組に混ざって一緒に虫探しを始める。
暖かい日差しに、時より吹くやわらかい風が気持ちいい〜。
しばらくすると、美優に気付いたレン君が近付いてきた。
「みゆお姉ちゃん!」
「レン君!何か虫さん見つかった?」
「うん!アリさんとね、バッタみたいな虫見つけたよ。ねぇ、お姉ちゃんも来て!」
レン君は見つけた虫を見せたくて、美優の手をグイグイ引っぱり連れて行こうとする。
小学生ってこんなに力強いんだ。
「うん。レン君ちょっと待ってね、お姉ちゃん点滴があるからっ…キャッ!」
左手をレン君に引っ張られ、バランスを崩したままの体勢で、右手で点滴台をつかんだが、点滴台のキャスターが段差につまづき、美優は点滴台ごと倒れてしまった…。
とっさにレン君と手を離したから、レン君は倒れずに済んだ。
(痛たたた…)
倒れた物音で、中庭にいた人達の視線が集まる。
「美優ちゃん!大丈夫か!!」
慌てた翔太先生達が駆け寄ってくる。
レン君は今にも泣きそうな顔をしてるし、周りの視線が恥ずかしくて、美優は急いで立ち上がる。
「お姉ちゃん…ごめんなさい」
「大丈夫だよ。レン君怪我はない?」
「うん…」
(よかった…)
「レン君気を付けなきゃ駄目だろ。美優ちゃんベンチに一旦座れる?」
翔太は美優を座らせる。
点滴を見ると倒れた弾みで針が抜け、美優のパジャマに血が滲む。
「頭は打たなかったか?痛いとこは?」
「大丈夫です。膝擦りむいただけ」
膝を見ると、かすり傷程度だが、血が足首まで流れている。
点滴が抜けた所もパジャマにどんどん血が滲んでいく。
美優は朝、航也に言われたことを思い出す。
(怪我に気を付けるように言われたんだっけ…)
翔太が中庭に一番近い病棟にピッチで連絡をして、ガーゼや点滴セットを持って来てもらう。
知らない看護師さんも手伝って傷の処置をしてもらうが、なかなか血が止まらない。
美優は、レン君を不安にさせてしまったことへの罪悪感と、転倒してしまったことで気が動転したのも相まってか、だんだんと気分が悪くなってきた…
「しょうた先生…ちょっと気持ち悪い…」
「吐きそう?」
美優は首を振る。
「美優ちゃん、ごめんね。このまま車椅子に乗って病棟に戻ろう」
美優は頷く。
翔太に車椅子を押されて、病棟に戻って来た。
翔太から連絡を受けていた看護師がテキパキと対応してくれる。
「美優ちゃんおかえり。大変だったね。血がまだ止まらないね。頭は痛くない?」
「頭?うん、大丈夫」
(なんでみんな頭を気にするのかな…?)
「今鳴海先生、救急外来に行ってるからすぐには来れないけど、CT撮るように指示あったから、ストレッチャーに移って検査室に行くね」
CT検査中も病室に戻ってきてからも、美優は吐き気が続き、顔をしかめる。
様子を見ていた看護師が声を掛ける。
「美優ちゃん、大丈夫?今、鳴海先生終わったみたいだから、もうすぐ来るからね。気持ち悪い?」
「うん…ちょっと吐きそう…オェ…」
看護師さんがすかさず容器を口に当ててくれて、背中を擦ってくれる。
ちょうどそこに航也が入ってきた。
「あれ、吐いちゃった?どんな様子?」
「転倒してからずっと嘔気が続いてます。バイタルは特に変わりはありませんが、膝の擦過傷と点滴の刺入部からは、結構な出血でした」
看護師が航也に報告する。
「うん、わかった、ありがとう。美優?遅くなってごめんな、ちょっと目見るよ。
ん〜真っ白だな。貧血も嘔吐もしてるし、2単位だけ輸血すっかな〜?
看護師さん、検査部にオーダー出してくれる?」
「分かりました」
美優は不安そうに航也を見つめる。
「美優?気持ち悪いよな。
CTの結果は異常無かったよ。美優は、頭打ってないって話てたみたいだけど、知らないうちにってこともあるからな。
頭打って頭の中で出血してたらまずいから、検査したんだわ。でもそれは無いから安心して」
美優は頷く。
「だいぶ貧血ひどいから、これから1パックだけ輸血しとくな。稀に蕁麻疹とかアレルギー反応起こす人がいるから、痒みとか息苦しさとか、何か変調あったら教えて?」
美優は不安そうな表情。
「俺ここにいるから心配すんな」
「航也…仕事は?」
「今日は外来担当じゃないし、ヘルプに呼ばれなきゃ大丈夫だから。俺ここにいるから、少し寝な」
航也の魔法のような眠りを促す言葉を聞いて、美優は安心して目を閉じた。
「美優、おはよう。今日はいい天気だよ。暑いくらい」
「おはよう、航也。中にいると全然わからないよ」
「そうだな。今日の体調はどうだ?」
そう聞きながら、美優のおでこに手を当てる。
「うん、悪くないよ」
「よし、診察しちゃおうか」
そう言い聴診器を耳にかける。
「うん、いいよ。おっけ。翔太のとこ行っておいで。翔太が今日は中庭に行くとか言ってたぞ」
「本当?外に出ていいの?」
「暖かくなってきたしな、いいよ。ただし、今は血小板が低いから怪我に気を付けて。血が止まりにくいからね」
「うん、わかった」
美優の血小板は相変わらず低く、出血傾向が今一番の問題。
美優の場合は、体質に合わない薬も多く、薬剤の選別が難しい為、今のまま様子を見ていくしかない。
血圧や貧血は落ち着いていて、車椅子じゃなくて歩いて院内学級へ向かう。
点滴はまだ外せないが、美優も慣れたもので、点滴台のフックに勉強道具の入ったカバンを下げて、点滴台をコロコロ押しながら向かう。
「院内学級、行ってきます」
ナースステーションにいる看護師たちに声を掛ける。
「はーい、行ってらっしゃい」
いつもの光景。
〜院内学級〜
「翔太先生、おはようございます」
「美優ちゃん、おはよう。体調は大丈夫そうだね」
「うん、ねぇ先生?今日、中庭に行くって本当?」
「あっ聞いた?うん、今日は天気が良いし、暖かいみたいだからね。小学生が虫の観察しに中庭に行くみたいだから、美優ちゃんも俺と一緒に中庭出てみよう」
「うん!嬉しい!」
奈々ちゃんは最近、抗がん剤の治療が続いてるせいで、具合が悪くてベッドサイドで授業を受けている。
早く奈々ちゃんにも会いたい。
「よし、中庭に行くのは2時間目だから、1時間目は英語の授業やろうね」
そう言って美優は教科書を開き、翔太はホワイトボードに書いていく。
翔太先生は教えるのが上手。
それに体調を逐一観察することも忘れないからすごい。
授業の最後にその日の復習のプリントをやる。すらすら解けた!
2時間目が始まる前に、翔太先生から体調の確認をされて、無事に中庭に出ることが許可された。
中庭に行くと、小学生の3人と担任の先生がいて、図鑑を持ちながら虫探しに夢中になっている。これも「生活」という授業の一貫らしい。
中庭にある草木の所を一生懸命探している。かわいいな〜。
「美優ちゃんは、ここのベンチに座ろっか?本当に今日は暖かいね。美優ちゃんもたまには外の空気吸わないとね」
美優をベンチに座らせると、翔太は小学生組に混ざって一緒に虫探しを始める。
暖かい日差しに、時より吹くやわらかい風が気持ちいい〜。
しばらくすると、美優に気付いたレン君が近付いてきた。
「みゆお姉ちゃん!」
「レン君!何か虫さん見つかった?」
「うん!アリさんとね、バッタみたいな虫見つけたよ。ねぇ、お姉ちゃんも来て!」
レン君は見つけた虫を見せたくて、美優の手をグイグイ引っぱり連れて行こうとする。
小学生ってこんなに力強いんだ。
「うん。レン君ちょっと待ってね、お姉ちゃん点滴があるからっ…キャッ!」
左手をレン君に引っ張られ、バランスを崩したままの体勢で、右手で点滴台をつかんだが、点滴台のキャスターが段差につまづき、美優は点滴台ごと倒れてしまった…。
とっさにレン君と手を離したから、レン君は倒れずに済んだ。
(痛たたた…)
倒れた物音で、中庭にいた人達の視線が集まる。
「美優ちゃん!大丈夫か!!」
慌てた翔太先生達が駆け寄ってくる。
レン君は今にも泣きそうな顔をしてるし、周りの視線が恥ずかしくて、美優は急いで立ち上がる。
「お姉ちゃん…ごめんなさい」
「大丈夫だよ。レン君怪我はない?」
「うん…」
(よかった…)
「レン君気を付けなきゃ駄目だろ。美優ちゃんベンチに一旦座れる?」
翔太は美優を座らせる。
点滴を見ると倒れた弾みで針が抜け、美優のパジャマに血が滲む。
「頭は打たなかったか?痛いとこは?」
「大丈夫です。膝擦りむいただけ」
膝を見ると、かすり傷程度だが、血が足首まで流れている。
点滴が抜けた所もパジャマにどんどん血が滲んでいく。
美優は朝、航也に言われたことを思い出す。
(怪我に気を付けるように言われたんだっけ…)
翔太が中庭に一番近い病棟にピッチで連絡をして、ガーゼや点滴セットを持って来てもらう。
知らない看護師さんも手伝って傷の処置をしてもらうが、なかなか血が止まらない。
美優は、レン君を不安にさせてしまったことへの罪悪感と、転倒してしまったことで気が動転したのも相まってか、だんだんと気分が悪くなってきた…
「しょうた先生…ちょっと気持ち悪い…」
「吐きそう?」
美優は首を振る。
「美優ちゃん、ごめんね。このまま車椅子に乗って病棟に戻ろう」
美優は頷く。
翔太に車椅子を押されて、病棟に戻って来た。
翔太から連絡を受けていた看護師がテキパキと対応してくれる。
「美優ちゃんおかえり。大変だったね。血がまだ止まらないね。頭は痛くない?」
「頭?うん、大丈夫」
(なんでみんな頭を気にするのかな…?)
「今鳴海先生、救急外来に行ってるからすぐには来れないけど、CT撮るように指示あったから、ストレッチャーに移って検査室に行くね」
CT検査中も病室に戻ってきてからも、美優は吐き気が続き、顔をしかめる。
様子を見ていた看護師が声を掛ける。
「美優ちゃん、大丈夫?今、鳴海先生終わったみたいだから、もうすぐ来るからね。気持ち悪い?」
「うん…ちょっと吐きそう…オェ…」
看護師さんがすかさず容器を口に当ててくれて、背中を擦ってくれる。
ちょうどそこに航也が入ってきた。
「あれ、吐いちゃった?どんな様子?」
「転倒してからずっと嘔気が続いてます。バイタルは特に変わりはありませんが、膝の擦過傷と点滴の刺入部からは、結構な出血でした」
看護師が航也に報告する。
「うん、わかった、ありがとう。美優?遅くなってごめんな、ちょっと目見るよ。
ん〜真っ白だな。貧血も嘔吐もしてるし、2単位だけ輸血すっかな〜?
看護師さん、検査部にオーダー出してくれる?」
「分かりました」
美優は不安そうに航也を見つめる。
「美優?気持ち悪いよな。
CTの結果は異常無かったよ。美優は、頭打ってないって話てたみたいだけど、知らないうちにってこともあるからな。
頭打って頭の中で出血してたらまずいから、検査したんだわ。でもそれは無いから安心して」
美優は頷く。
「だいぶ貧血ひどいから、これから1パックだけ輸血しとくな。稀に蕁麻疹とかアレルギー反応起こす人がいるから、痒みとか息苦しさとか、何か変調あったら教えて?」
美優は不安そうな表情。
「俺ここにいるから心配すんな」
「航也…仕事は?」
「今日は外来担当じゃないし、ヘルプに呼ばれなきゃ大丈夫だから。俺ここにいるから、少し寝な」
航也の魔法のような眠りを促す言葉を聞いて、美優は安心して目を閉じた。