それから1週間、美優の状態は相変わらず一進一退を繰り返している。
航也は、美優の病状がなかなか改善しないのは、精神的な問題が関係しているのではと感じていた。
院内学級は、その日の体調で行けたり行けなかったり。
行けない日は翔太が病室に来てくれるけど、美優は浮かない顔。
そうじゃなくて、美優は院内学級に行きたいのだ…
しかし、主治医の航也の許可がないと行けない決まり…
朝のバイタルを測りに看護師さんが入って来た。
「美優ちゃん、おはよう。今日はいい天気ね、バイタル測らせてね。…ん?ちょっと血圧が低いね、クラクラしないかな?」
「うん、大丈夫」
「今、鳴海先生来ると思うから、その時に院内学級行けるか聞いてみようね」
「うん…」
看護師が出ていくと、美優は大きなため息をつく。
「はぁ〜…」
思い通りにならない体にイライラする…
このまま治らないなら治療する意味って何…?
わからなくなってきた…
しばらくして航也が入ってきた。
「美優、おはよう。ちょっと血圧低いんだって?気持ち悪くない?」
美優が頷くのを確認して、脈を見る。
「胸の音聞くよ。ん、いいよ。熱も下がってるし、血圧が低いくらいだな」
「院内学級…行っちゃだめ?」
悲しそうな目で言われれば、航也も駄目とは言えない。
「無理はしないって約束できる?何かあったら、ちゃんと翔太に言える?」
「うん、言える…」
「ホントかよ(笑)許可出す代わりに、血圧低いから車椅子で行って」
「え?美優歩けるよ?」
「ダメ、血圧低いから倒れたりしたら大変でしょ?」
「やだ!重病人みたいじゃん」
お前…なかなかの重病なんだけどな(笑)
「じゃあ、行かせられないよ?」
「え?やだ…でも車椅子もいや…」
「じゃあ、病室で大人しくしてるしかないな」
淡々と言われて、美優のイライラが募る…
「ん、もうっ!わかったよ!車椅子で行けばいいんでしょ!!」
最近の美優はイライラしていて、俺の言う事をなかなか聞いてくれない…反抗期か?
「じゃあ、時間になったら看護師さんに連れて行ってもらって。俺外来に行ってくるな〜」
航也は手をひらひらさせて出て行く。
「もう!」
航也にあしらわれてる気がしてイライラが止まらない。
大人の余裕?ってやつ?
しばらくして看護師さんが来て、美優を車椅子に乗せて院内学級に向かう。
車椅子ってなんだか慣れなくて恥ずかしい…
「美優ちゃん、授業終わったら迎えに来るからね。それじゃ、翔太先生お願いします」
教室に車椅子ごと入って、看護師さんが翔太先生に声を掛ける。
「ありがとうございます。
おはよう、美優ちゃん。航也の許可出てよかったね」
申し送りを既に受けている翔太は、美優の状態を把握済み。
「車椅子じゃなくても大丈夫って言ったのに、航也がダメって…車椅子で行かなかったら許可しないって言われた…」
「そっか…(苦笑)血圧が低いみたいだからね。気分悪くなったら言うんだよ?」
美優は頷く。
すると奈々ちゃんが入ってきた。
「あっ、美優ちゃんおはよう。来れたんだね。会えて嬉しい!」
「奈々ちゃんおはよう!うん、何とか許可してもらえた(笑)でも、車椅子に乗ってけって…」
「そっか。私も見て?点滴してないとダメなんだって…」
お互い愚痴を言い合いながら、自分達の椅子に座る。
「それじゃあ、さっそく授業始めるよ。奈々ちゃんはコレね、美優ちゃんはコレね」
それぞれプリントが配られて取りかかる。
分からない所は、翔太先生に聞いて教えてもらう。
華が持ってきてくれた課題やプリント、ノートを翔太先生が見てくれて、高校の授業に遅れないように進めてくれる。
今日は体調もそんなに悪くならずに、過ごせている。
だけど…
今日は奈々ちゃんの具合があまり良くないみたい…
翔太先生が頻繁に奈々ちゃんに声を掛ける。
「奈々ちゃん?無理しなくて良いよ」
「大丈夫です」
そんなやり取りが続いていた。
「美優ちゃん、この問題はね、この公式に当てはめて…」
美優の所で翔太が教えていると…
突然、奈々ちゃんが声を出す。
「せんせい…ごめんなさい…吐いちゃいそう…」
「ん?奈々ちゃんちょっと待って」
すかさず、翔太先生が近くに用意してあった容器を奈々ちゃんの口元に当てる。
奈々ちゃんが吐き始めた…
「気持ち悪くなっちゃったね、大丈夫だよ」
翔太先生は、吐いてる奈々ちゃんの背中を擦る。
「美優ちゃんごめんね、ゆっくりで良いから、隣の部屋の先生呼んできてくれる?
立ってめまいしないか確認してから歩いて。ゆっくりでいいよ」
こんな状況の中でも、美優の体調を考えながら指示を出す。
美優はゆっくり歩きながら、隣の小学生の先生を呼びに行く。
小学生の先生に奈々ちゃんを見てもらってる間に、翔太先生が奈々ちゃんの病棟に連絡をする。
その後、駆け付けたお医者さんと看護師さんに奈々ちゃんは連れて行かれてしまった…
「美優ちゃん、びっくりさせたね、ごめんね。クラクラしなかった?」
「うん。奈々ちゃん…大丈夫?具合悪いとこ初めて見た…」
「奈々ちゃんは今、抗がん剤の治療中なんだよ。だから気持ち悪くなっちゃったんだね」
抗がん剤って、あの気持ち悪くなるっていうやつ?
それでも院内学級に来てて…すごいな奈々ちゃん…
みんな…それぞれ病気と闘ってるのかな…
ニコニコして、はしゃいでるレン君、ほのかちゃん、みさきちゃんも、ここに通っているということはそういうことなんだろう…
美優はそんな事を考えて、ボーッとしてしまった。
「美優ちゃん?どうした?ボーッとして。具合悪い?」
「あ、ううん。大丈夫、考え事してただけ」
その日は最後の授業まで無事に出席できて、病室に戻ってきた。
美優は奈々ちゃんのこともあり、複雑な感情だった。
〜夕食〜
食欲は相変わらずなくて…
でもなるべく頑張って食べないと…そう思い、少しずつ箸を進める。
点滴も利き手の腕に入ってて食べづらい。
その時、航也が入ってきた。
「おっ、夕飯来てたのか?」
朝のこともあり、何だか気まずい。それに何だか今はイライラしちゃいそうで会いたくない。
「うん」
下を向いたまま返事をする。
「もう少し頑張れ」
お盆を覗き込みながら、航也が言う。
「…頑張ってるよ」
美優はぶっきら棒に答える。
いつも言われてることなのに、なぜが癇にさわる…
「ねぇこの点滴、食べる時邪魔だから嫌。トイレ行く時もいちいち気にしないといけないし、点滴終わりがいい」
「点滴?まだ美優に必要な薬が入ってるから、まだ終わりに出来ないよ」
イライラしてきた…
よく分からないけど、航也の言う事にいちいち突っかかりたくなる…
「じゃあ、この飲み薬いらない!毎日点滴してるなら、この苦い薬飲まなくていいじゃん!」
「それは無理だな。この薬は血小板を上げたり、貧血を治す薬だから、まだ必要だよ」
即答されてイライラ…
当たり前のことを言われてるのは分かるのに、素直になれない…
「……」
「わかった?嫌だろうけど、ダメなもんはダメなんだよ?」
「……」
「美優?」
「……」
「わかった?」
「んー、あぁ、もう!!わかったよ!!飲めば良いんでしょ!!飲めば!!!」
そう言って薬を取ろうとすると、ガシッと航也に手をつかまれた。
「おい!待て!飲めば良いんでしょって何?」
航也の低い声が病室に響く…
「だから、もういいよ!わかったから!」
そう言いながら、航也の手を振り払う。
「は?何がわかったの?」
航也の初めて聞く低い声…
朝のこともあったし、ちょっとわがまま言い過ぎた…と思っても後の祭り。
だけど何だか引くに引けない…
「もう!航也の言うこと聞けばいいんでしょ!聞けば!!」
「は?どういうこと?何が言いたいの?」
「……」
「おい!美優!」
「…だって…」
あまりの剣幕に、もうこれ以上は敵わないと思った途端…さっきまでの威勢が嘘のように無くなっていく…
「だってじゃない!これは誰のための薬なの?」
「…」
「美優!誰のなの?」
「…美優の…」
「じゃあ、何のための薬なの?」
「……」
「美優!答えろ!」
相当な剣幕…航也にこんなに怒られるとは思わなくてビクッとする。
「…病気…治すため…グスン」
「そうだろ?じゃあ、なんでそんな言い方になるわけ?
俺が無理やり飲ませてるとでも言いたいの?
これは俺が美優に頼んで、お願いして飲んでもらう物なの?」
もうごめんなさいって謝りたいのに…
こんなことが言いたいわけじゃないのに…
引くに引けなくなってしまい、どうしたらいいか分からない…
「…だって嫌なんだもん…なんか分からないけど、なんか嫌なの!!もうあっち行ってよ!」
「美優、いい加減にしろよ」
ちょうどその時、翔太が入ってきた。
「航也?どした?美優ちゃんの忘れ物届けに来たんだけど…何かあった?」
2人のただならぬ雰囲気に翔太は目を見開いている。
翔太先生を見ても、美優の興奮は収まらない。
「もう、みんな知らない!放っておいてよ!!あっち行って!」
そんな美優を放っておいてくれる程、航也は甘くはない。
「放っておいたら、お前の病気は良くなるの?発作起きなくなるの?美優!俺の目を見て、ちゃんと聞きなさい!」
美優は目に涙を溜めて、仕方なく航也を見上げる。
「美優が辛い検査や治療を頑張ってること、俺も翔太もみんな分かってる。体調が悪くて、なかなか院内学級に行けなくて、美優が悲しい思いをしてるのも、薬の副作用と闘って我慢してるのも全部知ってる。
だから、俺達は全力で美優の治療や勉強をサポートしてるの。でも、美優がそんなに投げやりな態度なら、何もできないよ。美優の病気を克服するのは、俺らじゃない。美優自身なんだよ。わかる?
俺が代われることなら代わってやりたいけど、いくらそれを願った所で代われない。
美優自身が自分の病気と向き合わないと、良くなるものも良くならないんだよ。
俺が前に言ったこと忘れた?
患者自身に治そうという気力が無ければ、良くなるものも良くならないって。美優はそれでもいいの?」
「…よくないけど…美優…頑張ってるのに…グスン、頑張りたいのに…グスン、頑張ってるの…グスン」
「うん、美優は十分頑張ってるよ。えらいよ」
「…だけどいつまで経っても良くならないから…どうしたらいいかわからない…ごめんなさい…」
「いいんだよ、いくらでも俺にイライラぶつけても。俺はそこに怒ったんじゃない。美優が自分の病気から目を背けて、投げやりになったことに怒ったの。わかる?」
「…うん、わかる…ごめんなさい」
「分かってくれれば、もういいよ。俺も翔太も美優のそばに付いてるから大丈夫」
2人のやり取りを聞いていた翔太も美優に声を掛ける。
「美優ちゃん?航也は厳しいことを言う時もあるかもしれないけど、美優ちゃんのことをいつもどんな時も1番に考えてるよ。だから、病気のことは航也に任せていて大丈夫。勉強のことは俺が全力でサポートするから、ね?だから、不安に思わないで。美優ちゃんは1人じゃないよ」
美優は静かに頷いた。
〜航也と翔太〜
美優の病室を出て、2人は自販機の前のソファに腰掛ける。
暗い廊下に自販機の明りだけが輝いている。
「ほら、飲めよ!」
翔太は自販機のボタンを押し、航也に缶コーヒーを渡す。
「あぁ、わりぃ」
「なんか、部屋に来たタイミング悪くてごめんな」
「いや、あの時お前が入って来てくれて良かった。あのままだったら俺、美優のこと怒鳴ってたわ。あいつが最近イライラして俺に当たってるの気付いてて、反抗期か?なんて思って平静を装ってたんだけど…
点滴が嫌だの、飲み薬が嫌だの言い始めて、投げやりな態度になってきたから、ついな…」
「なるほどな。美優ちゃん色々焦りもあるんだろうな。
でも、美優ちゃんは俺とか看護師にはそんな態度1ミリも見せないんだよな。お前だからあんな態度したんだと思うよ。したというか出来たというか…」
「え?」
「お前のことを心から信頼しているからこそ、反抗して自分の気持ちに気付いてほしい。
気付いてくれると信じてるから、お前だけにあんな態度するんじゃないのか」
「そうか…」
「お前があぁやって真剣に美優ちゃんと向き合ってくれるから、美優ちゃんがまた1つ壁を乗り越えられるんじゃないか?それは、いくら頑張っても俺や看護師には出来ないよ。
お前だから乗り越えさせてやれるんだよ。美優ちゃんはまだ高校生だから、お前があぁやって少しずつ気付かせてやって、成長させてやればいいんじゃないのか?」
「あぁそうか。そうだな。ちょっとスッキリしたわ。サンキュー」
「勉強面は俺が責任持って面倒見るから、お前は美優ちゃんの病気のことを一生懸命考えて治療してやれ」
「そうだな、ありがとう」
そんな美優の気持ちに寄り添いながらも、時には真剣に怒ることも、美優の成長には必要なのかもしれない。
美優の気持ちを引き出して発散させてやることは、病気を克服させるためには大事なことなんだと改めて感じた。
この出来事をきっかけに、美優の反抗期は終わりを告げ、その後の美優の体調は少しずつ回復し、ようやく一進一退の状態から抜け出すことができた。
航也は、美優の病状がなかなか改善しないのは、精神的な問題が関係しているのではと感じていた。
院内学級は、その日の体調で行けたり行けなかったり。
行けない日は翔太が病室に来てくれるけど、美優は浮かない顔。
そうじゃなくて、美優は院内学級に行きたいのだ…
しかし、主治医の航也の許可がないと行けない決まり…
朝のバイタルを測りに看護師さんが入って来た。
「美優ちゃん、おはよう。今日はいい天気ね、バイタル測らせてね。…ん?ちょっと血圧が低いね、クラクラしないかな?」
「うん、大丈夫」
「今、鳴海先生来ると思うから、その時に院内学級行けるか聞いてみようね」
「うん…」
看護師が出ていくと、美優は大きなため息をつく。
「はぁ〜…」
思い通りにならない体にイライラする…
このまま治らないなら治療する意味って何…?
わからなくなってきた…
しばらくして航也が入ってきた。
「美優、おはよう。ちょっと血圧低いんだって?気持ち悪くない?」
美優が頷くのを確認して、脈を見る。
「胸の音聞くよ。ん、いいよ。熱も下がってるし、血圧が低いくらいだな」
「院内学級…行っちゃだめ?」
悲しそうな目で言われれば、航也も駄目とは言えない。
「無理はしないって約束できる?何かあったら、ちゃんと翔太に言える?」
「うん、言える…」
「ホントかよ(笑)許可出す代わりに、血圧低いから車椅子で行って」
「え?美優歩けるよ?」
「ダメ、血圧低いから倒れたりしたら大変でしょ?」
「やだ!重病人みたいじゃん」
お前…なかなかの重病なんだけどな(笑)
「じゃあ、行かせられないよ?」
「え?やだ…でも車椅子もいや…」
「じゃあ、病室で大人しくしてるしかないな」
淡々と言われて、美優のイライラが募る…
「ん、もうっ!わかったよ!車椅子で行けばいいんでしょ!!」
最近の美優はイライラしていて、俺の言う事をなかなか聞いてくれない…反抗期か?
「じゃあ、時間になったら看護師さんに連れて行ってもらって。俺外来に行ってくるな〜」
航也は手をひらひらさせて出て行く。
「もう!」
航也にあしらわれてる気がしてイライラが止まらない。
大人の余裕?ってやつ?
しばらくして看護師さんが来て、美優を車椅子に乗せて院内学級に向かう。
車椅子ってなんだか慣れなくて恥ずかしい…
「美優ちゃん、授業終わったら迎えに来るからね。それじゃ、翔太先生お願いします」
教室に車椅子ごと入って、看護師さんが翔太先生に声を掛ける。
「ありがとうございます。
おはよう、美優ちゃん。航也の許可出てよかったね」
申し送りを既に受けている翔太は、美優の状態を把握済み。
「車椅子じゃなくても大丈夫って言ったのに、航也がダメって…車椅子で行かなかったら許可しないって言われた…」
「そっか…(苦笑)血圧が低いみたいだからね。気分悪くなったら言うんだよ?」
美優は頷く。
すると奈々ちゃんが入ってきた。
「あっ、美優ちゃんおはよう。来れたんだね。会えて嬉しい!」
「奈々ちゃんおはよう!うん、何とか許可してもらえた(笑)でも、車椅子に乗ってけって…」
「そっか。私も見て?点滴してないとダメなんだって…」
お互い愚痴を言い合いながら、自分達の椅子に座る。
「それじゃあ、さっそく授業始めるよ。奈々ちゃんはコレね、美優ちゃんはコレね」
それぞれプリントが配られて取りかかる。
分からない所は、翔太先生に聞いて教えてもらう。
華が持ってきてくれた課題やプリント、ノートを翔太先生が見てくれて、高校の授業に遅れないように進めてくれる。
今日は体調もそんなに悪くならずに、過ごせている。
だけど…
今日は奈々ちゃんの具合があまり良くないみたい…
翔太先生が頻繁に奈々ちゃんに声を掛ける。
「奈々ちゃん?無理しなくて良いよ」
「大丈夫です」
そんなやり取りが続いていた。
「美優ちゃん、この問題はね、この公式に当てはめて…」
美優の所で翔太が教えていると…
突然、奈々ちゃんが声を出す。
「せんせい…ごめんなさい…吐いちゃいそう…」
「ん?奈々ちゃんちょっと待って」
すかさず、翔太先生が近くに用意してあった容器を奈々ちゃんの口元に当てる。
奈々ちゃんが吐き始めた…
「気持ち悪くなっちゃったね、大丈夫だよ」
翔太先生は、吐いてる奈々ちゃんの背中を擦る。
「美優ちゃんごめんね、ゆっくりで良いから、隣の部屋の先生呼んできてくれる?
立ってめまいしないか確認してから歩いて。ゆっくりでいいよ」
こんな状況の中でも、美優の体調を考えながら指示を出す。
美優はゆっくり歩きながら、隣の小学生の先生を呼びに行く。
小学生の先生に奈々ちゃんを見てもらってる間に、翔太先生が奈々ちゃんの病棟に連絡をする。
その後、駆け付けたお医者さんと看護師さんに奈々ちゃんは連れて行かれてしまった…
「美優ちゃん、びっくりさせたね、ごめんね。クラクラしなかった?」
「うん。奈々ちゃん…大丈夫?具合悪いとこ初めて見た…」
「奈々ちゃんは今、抗がん剤の治療中なんだよ。だから気持ち悪くなっちゃったんだね」
抗がん剤って、あの気持ち悪くなるっていうやつ?
それでも院内学級に来てて…すごいな奈々ちゃん…
みんな…それぞれ病気と闘ってるのかな…
ニコニコして、はしゃいでるレン君、ほのかちゃん、みさきちゃんも、ここに通っているということはそういうことなんだろう…
美優はそんな事を考えて、ボーッとしてしまった。
「美優ちゃん?どうした?ボーッとして。具合悪い?」
「あ、ううん。大丈夫、考え事してただけ」
その日は最後の授業まで無事に出席できて、病室に戻ってきた。
美優は奈々ちゃんのこともあり、複雑な感情だった。
〜夕食〜
食欲は相変わらずなくて…
でもなるべく頑張って食べないと…そう思い、少しずつ箸を進める。
点滴も利き手の腕に入ってて食べづらい。
その時、航也が入ってきた。
「おっ、夕飯来てたのか?」
朝のこともあり、何だか気まずい。それに何だか今はイライラしちゃいそうで会いたくない。
「うん」
下を向いたまま返事をする。
「もう少し頑張れ」
お盆を覗き込みながら、航也が言う。
「…頑張ってるよ」
美優はぶっきら棒に答える。
いつも言われてることなのに、なぜが癇にさわる…
「ねぇこの点滴、食べる時邪魔だから嫌。トイレ行く時もいちいち気にしないといけないし、点滴終わりがいい」
「点滴?まだ美優に必要な薬が入ってるから、まだ終わりに出来ないよ」
イライラしてきた…
よく分からないけど、航也の言う事にいちいち突っかかりたくなる…
「じゃあ、この飲み薬いらない!毎日点滴してるなら、この苦い薬飲まなくていいじゃん!」
「それは無理だな。この薬は血小板を上げたり、貧血を治す薬だから、まだ必要だよ」
即答されてイライラ…
当たり前のことを言われてるのは分かるのに、素直になれない…
「……」
「わかった?嫌だろうけど、ダメなもんはダメなんだよ?」
「……」
「美優?」
「……」
「わかった?」
「んー、あぁ、もう!!わかったよ!!飲めば良いんでしょ!!飲めば!!!」
そう言って薬を取ろうとすると、ガシッと航也に手をつかまれた。
「おい!待て!飲めば良いんでしょって何?」
航也の低い声が病室に響く…
「だから、もういいよ!わかったから!」
そう言いながら、航也の手を振り払う。
「は?何がわかったの?」
航也の初めて聞く低い声…
朝のこともあったし、ちょっとわがまま言い過ぎた…と思っても後の祭り。
だけど何だか引くに引けない…
「もう!航也の言うこと聞けばいいんでしょ!聞けば!!」
「は?どういうこと?何が言いたいの?」
「……」
「おい!美優!」
「…だって…」
あまりの剣幕に、もうこれ以上は敵わないと思った途端…さっきまでの威勢が嘘のように無くなっていく…
「だってじゃない!これは誰のための薬なの?」
「…」
「美優!誰のなの?」
「…美優の…」
「じゃあ、何のための薬なの?」
「……」
「美優!答えろ!」
相当な剣幕…航也にこんなに怒られるとは思わなくてビクッとする。
「…病気…治すため…グスン」
「そうだろ?じゃあ、なんでそんな言い方になるわけ?
俺が無理やり飲ませてるとでも言いたいの?
これは俺が美優に頼んで、お願いして飲んでもらう物なの?」
もうごめんなさいって謝りたいのに…
こんなことが言いたいわけじゃないのに…
引くに引けなくなってしまい、どうしたらいいか分からない…
「…だって嫌なんだもん…なんか分からないけど、なんか嫌なの!!もうあっち行ってよ!」
「美優、いい加減にしろよ」
ちょうどその時、翔太が入ってきた。
「航也?どした?美優ちゃんの忘れ物届けに来たんだけど…何かあった?」
2人のただならぬ雰囲気に翔太は目を見開いている。
翔太先生を見ても、美優の興奮は収まらない。
「もう、みんな知らない!放っておいてよ!!あっち行って!」
そんな美優を放っておいてくれる程、航也は甘くはない。
「放っておいたら、お前の病気は良くなるの?発作起きなくなるの?美優!俺の目を見て、ちゃんと聞きなさい!」
美優は目に涙を溜めて、仕方なく航也を見上げる。
「美優が辛い検査や治療を頑張ってること、俺も翔太もみんな分かってる。体調が悪くて、なかなか院内学級に行けなくて、美優が悲しい思いをしてるのも、薬の副作用と闘って我慢してるのも全部知ってる。
だから、俺達は全力で美優の治療や勉強をサポートしてるの。でも、美優がそんなに投げやりな態度なら、何もできないよ。美優の病気を克服するのは、俺らじゃない。美優自身なんだよ。わかる?
俺が代われることなら代わってやりたいけど、いくらそれを願った所で代われない。
美優自身が自分の病気と向き合わないと、良くなるものも良くならないんだよ。
俺が前に言ったこと忘れた?
患者自身に治そうという気力が無ければ、良くなるものも良くならないって。美優はそれでもいいの?」
「…よくないけど…美優…頑張ってるのに…グスン、頑張りたいのに…グスン、頑張ってるの…グスン」
「うん、美優は十分頑張ってるよ。えらいよ」
「…だけどいつまで経っても良くならないから…どうしたらいいかわからない…ごめんなさい…」
「いいんだよ、いくらでも俺にイライラぶつけても。俺はそこに怒ったんじゃない。美優が自分の病気から目を背けて、投げやりになったことに怒ったの。わかる?」
「…うん、わかる…ごめんなさい」
「分かってくれれば、もういいよ。俺も翔太も美優のそばに付いてるから大丈夫」
2人のやり取りを聞いていた翔太も美優に声を掛ける。
「美優ちゃん?航也は厳しいことを言う時もあるかもしれないけど、美優ちゃんのことをいつもどんな時も1番に考えてるよ。だから、病気のことは航也に任せていて大丈夫。勉強のことは俺が全力でサポートするから、ね?だから、不安に思わないで。美優ちゃんは1人じゃないよ」
美優は静かに頷いた。
〜航也と翔太〜
美優の病室を出て、2人は自販機の前のソファに腰掛ける。
暗い廊下に自販機の明りだけが輝いている。
「ほら、飲めよ!」
翔太は自販機のボタンを押し、航也に缶コーヒーを渡す。
「あぁ、わりぃ」
「なんか、部屋に来たタイミング悪くてごめんな」
「いや、あの時お前が入って来てくれて良かった。あのままだったら俺、美優のこと怒鳴ってたわ。あいつが最近イライラして俺に当たってるの気付いてて、反抗期か?なんて思って平静を装ってたんだけど…
点滴が嫌だの、飲み薬が嫌だの言い始めて、投げやりな態度になってきたから、ついな…」
「なるほどな。美優ちゃん色々焦りもあるんだろうな。
でも、美優ちゃんは俺とか看護師にはそんな態度1ミリも見せないんだよな。お前だからあんな態度したんだと思うよ。したというか出来たというか…」
「え?」
「お前のことを心から信頼しているからこそ、反抗して自分の気持ちに気付いてほしい。
気付いてくれると信じてるから、お前だけにあんな態度するんじゃないのか」
「そうか…」
「お前があぁやって真剣に美優ちゃんと向き合ってくれるから、美優ちゃんがまた1つ壁を乗り越えられるんじゃないか?それは、いくら頑張っても俺や看護師には出来ないよ。
お前だから乗り越えさせてやれるんだよ。美優ちゃんはまだ高校生だから、お前があぁやって少しずつ気付かせてやって、成長させてやればいいんじゃないのか?」
「あぁそうか。そうだな。ちょっとスッキリしたわ。サンキュー」
「勉強面は俺が責任持って面倒見るから、お前は美優ちゃんの病気のことを一生懸命考えて治療してやれ」
「そうだな、ありがとう」
そんな美優の気持ちに寄り添いながらも、時には真剣に怒ることも、美優の成長には必要なのかもしれない。
美優の気持ちを引き出して発散させてやることは、病気を克服させるためには大事なことなんだと改めて感じた。
この出来事をきっかけに、美優の反抗期は終わりを告げ、その後の美優の体調は少しずつ回復し、ようやく一進一退の状態から抜け出すことができた。