航也は美優が無事に眠りについたのを確認し、ナースステーションでカルテを打ち込んでいると、翔太がやってきた。

「航也お疲れ。美優ちゃんの具合どう?初日で無理させて悪かったな…」

「いや、ありがとな。翔太が早めに気付いてくれて良かったよ。発作は大事にはならなかったんだけど、熱が急激に上がって40度超えでさ、だいぶうなされてたから、薬で一旦眠らせた」

「そうか…悪化しないといいな。もしだったら俺が病室に行って授業してもいいし、話すだけでも良いしさ。
それとさ、美優ちゃんの高校の授業がどこまで進んでるか把握しておきたくて、華ちゃん?って子に連絡取ってみるって美優ちゃん言ってたんだけど、今の状態だと難しいよな…」

「華ちゃん?俺、連絡先知ってるから連絡してみるよ」

「そうなの?じゃあ、頼むわ」

「今日はありがとな」

「いやなんも。あんまりお前も頑張り過ぎんなよ。最近ずっと病院に泊まってるんだろ?たまには仕事切り上げて、飯でも食いに行かない?」

(どうせコイツのことだから、美優ちゃんや患者さんのことばかりで、飯もろくに取ってないはず…)

航也と翔太のやり取りを聞いていた看護師が声を掛ける。

「そうですよ、鳴海先生。美優ちゃんのことは私達に任せて、たまには早く帰って美味しい物でも食べてください。鳴海先生が倒れたら、美優ちゃんが心配しますよ。美優ちゃん解熱剤が効いてきて、だいぶ熱下がってましたから」

看護師と翔太に半ば強引に背中を押されて、航也は病院を後にする。

久しぶりに翔太と夕飯を食べて、何日かぶりにマンションに帰って来た。

美優がいないマンションは静まり返っている。

実は翔太もこのマンションに住んでいて、時間がある時は、どちらかの家でお酒を飲みながら、お互いの仕事の話をしたりするが、最近は忙しくてなかなか出来ていなかったな。


〜翌朝〜
航也が病室に行くと、美優はぐっすり眠っている。

胸の音を聞くとまだ喘鳴が聞こえ、酸素投与を継続する。

ピピピッ

「38.0か…まだ高いな」

航也は、氷枕を美優の頭の下に入れ、汗をかいているおでこをタオルで拭く。

すると美優がうっすらと目を開ける。

「こう…や…」

「美優、おはよう。わかる?まだ熱が高いからね。息も苦しいから、鼻の酸素付けさせてね」

「うん…院内学級…行けない?」

「うん、そうだな…今日は許可は出せないかな、病室で大人しくしててな」

それからナースステーションに行くと、翔太が夜勤看護師から申し送りを聞いている。

航也はパソコンの前に座り、担当患者のカルテを見る。

しばらくすると、申し送りを聞き終えた翔太が声を掛けてきた。

「航也、おはよう。美優ちゃん、まだ熱高いみたいだね」

「あぁ、今日は院内学級には行けないな。まだ熱が高いし、酸素の上がりが悪くてな…」

「そっか、わかった。夕方にでも、美優ちゃんの病室に顔出してみるよ」

「頼む。そうそう、華ちゃんに連絡してみたら、今日の夕方に美優の課題とか色々届けてくれるみたい。4時頃になるって言ってたかな?ちょうど会えればいいな」

「連絡ありがとう。それじゃ、俺も4時頃に顔出してみるわ」


翔太とそんな会話をし、外来に向かう前に美優の病室をのぞく。

美優がちょうど起き上がろうとしていた。

「美優!どした?」

「トイレ行きたくて…起きたけど、クラクラしちゃって…ちょっと吐きそう…」

「ちょっと待って」

航也はすかさず容器を口元に当てる。

少しだけ吐いて、しばらくして落ち着いた。

「大丈夫か?ゆっくり俺につかまって、トイレ行こう」

美優の吐き気が治まるのを確認して、病室の中にあるトイレに行かせる。

トイレが終わり、ゆっくりベッドに寝かせる。

「美優?まだ体調良くないから大人しくしてるんだよ。夕方、翔太が顔出してくれるって。あと華ちゃんが学校の課題とか持って来てくれるってさ」

「うれしい…」
美優はニコッと微笑んで、また目を閉じる。

やっぱり体力が低下してるな…

点滴の追加の指示を出す。


〜夕方〜
華「こんにちわ」

華がナースステーションの看護師に挨拶をする。

「華ちゃん久しぶり、美優ちゃんのお見舞い?」

「はい」

「華ちゃんなら、202号室のお部屋よ」

「ありがとうございます」


〜病室にて〜
華は病室のドアをゆっくりと開ける。

「美優…?」

航也から、美優の病状があまり良くないと聞いていて、華は心配でたまらなかった。

「はな?」

「美優っ!」
華は美優に駆け寄り、抱きしめる。

「美優…会いたかったよ。起きてて大丈夫なの?」

「はな〜グスン、会いたかった…グスン」

「私だって美優に会いたかったよ〜」

2人は会えた嬉しさでしばらく涙が止まらなかった。

「美優、少し痩せたね」

「そう?華も相変わらず細いよ(笑)」

それから、華は高校であったこと、美優は院内学級の子供達のこと、航也のこと、翔太先生のこと、クリスマスデートのこと…色々な話をした。

まだ熱もあり、鼻の酸素もしているけど、華が来て元気が湧いてくる。

しばらくすると、扉をノックする音が聞こえ、翔太が入ってきた。

「あっ、翔太先生!」

「美優ちゃん、起きてたの?
あっ、はじめまして。院内学級で美優ちゃんの担任してます、高松翔太です。」

華に挨拶をする。

「はじめまして。美優のクラスメイトの杉村華です」

「君が華ちゃん?昨日、航也から連絡があったでしょ?わざわざごめんね」

「いぇ、鳴海先生に言われた通り、学校の課題やプリント持って来ました、あとノートのコピーも持ってきました」

「ありがとう、あとで確認させてもらうね。美優ちゃんは体調どうかな?」

「うん、朝よりは良くなった気がする」

「気がするね(笑)友達が来てくれて元気が出たみたいで良かったね」

それから翔太先生も交え、他愛もない話をして過ごす。

美優と華は、航也の小さい頃の話だったり、翔太先生に彼女がいるのかとか…(笑)

そんな話を聞いたりして、久しぶりに病室から笑い声が聞こえる。

ちなみに翔太先生に彼女はいないらしい(笑)

美優は、久しぶりの楽しい時間に苦しさも忘れて、過ごすことができた。

でも体は正直で…
だんだんと変調を来たす…

翔太が来てから20分程経った頃、美優のモニターのアラームが突然鳴った。

SpO2の値が一時的に下がり、異常を知らせるアラーム。

でも美優はとっては良くあること。鼻の酸素からゆっくり息を吸うことに意識しながら、2人に心配掛けたくなくて会話を続ける。

「そうそう、それでね…」

華が心配そうに美優を見る。

「美優ちゃん、ちょっとお話止めて、ゆっくり深呼吸しようか?」

翔太が美優の話を遮り、深呼吸を促す。

美優は仕方ないので、翔太先生に従い、何回か深呼吸を繰り返す。

すぐにSpO2の値が戻り、皆安堵する。しかし、しばらく話をしていると、またアラームが鳴る。

「ゴホッ」

美優が咳をする。

「美優ちゃん?ちょっと今日はここまでにしようか。疲れちゃったね…」

翔太が美優に声を掛ける。

「大丈夫、まだお話してたい…ゴホッ」

「ほら、咳も出て来たし、お休みしよう。俺もまた明日来るしさ」

「美優?今日はまだ無理しちゃだめだよ。私もまたお見舞いに来るから」 

華も翔太と同じように声を掛ける。

「いや…ゴホッ、帰らないで…ハァ、ハァ」

美優は泣き始めてしまった…

するとナースステーションで他の患者のカンファレンスをしていた航也と看護師が、美優のアラーム音を確認して病室にやってきた。

「華ちゃんいらっしゃい。来てくれてありがとね。翔太もサンキューな。それで、美優ちゃんはなんで泣いてるのかな?(笑)」

華と翔太が来てくれているのを看護師から聞いていた航也。
美優が泣いている理由は大体察しがついてる。

「お話…まだしてたい…ハァ、ゴホッ…まだここにいて…さみしい…ハァ、ハァ」

「美優?2人が来てくれて嬉しかったな。ほら、もう泣かないよ、苦しくなるから。2人とも困ってるだろ?」

「いや…ハァ、おねがい…ゴホッ、ゴホッ…まだみゆ…苦しくない…」

「美優、ちょっとお話止めて、深呼吸してごらん?」

「いやぁ…ハァ、ハァ、やなの…ゴホッ、ゴホッ」

航也はすかさず脈を測り、酸素マスクを当てる。

美優の呼吸が荒くなり、だんだんと額に汗をかき始める。

「いや…ハァ、ハァ…これ、ゴホッ…取って…」

マスクを外そうと抵抗する美優の頭とマスクをしっかりと押さえて、SpO2が上がってくるのを待つ。

「美優、マスク外さないよ」

「いや…はな〜ゴホッ、ゴホッ」

「みゆ…まだいるよ?大丈夫だよ?」

華も美優を落ち着かせようと話し掛けてくれる。

「美優、俺の顔見て。ゆっくり
深呼吸しな」

さらに呼吸が荒くなり、徐々にチアノーゼが出始めた。

見兼ねた看護師が航也に尋ねる。

「鳴海先生、点滴つなぎます?」

「うん、そうだね。発作止めつないでくれる?あと、一応(鎮静剤)お願い」

美優の不安を煽らないように、鎮静剤は口パクで伝える。

美優がここまで抵抗するの珍しい。

「美優、ゆっくりだよ」

「いや、ハァ、ハァ、くるし…ゴホッ、ゴホッ、ハァ、ハァ」

本格的に発作が始まり、パニックになっている美優。

必死に肩で呼吸をしているが、酸素がなかなか上がらない。

航也は看護師が持ってきた鎮静剤を点滴から流す。

しばらくすると、徐々に呼吸が落ち着き、鎮静剤が効いて、美優の目がトロンとしてきた。

「美優、疲れたね。少し眠りな」

「いやぁ…ねない…みゆ…ねむくない…」

必死に抵抗する美優。

「フフ、もう眠いくせに(笑)」

翔太「また来るよ」
華「美優またね。大好きだよ」

華は美優を抱きしめ、頭をなでる。そのままゆっくりなでていると、美優は安心したのか、ようやく眠りについた。

美優が寝たのを確認して、3人は病室を出る。

病棟の入り口に向かって歩き出す。

「2人ともありがとうな。華ちゃんもびっくりさせちゃって、ごめんな」

「いえ…美優があんなに泣くとは思わなくて…寂しかったんだなって…」

「うん、病状が落ち着かないのもそうだけど、気持ちの面でな…少し不安定かな。しばらくあんな感じが続きそうだけど、1人で寂しがってるから、また懲りずに来てやって」

「私ずっと美優に会いたくて…心配で…でも体調悪いのにお見舞いに来たら駄目かなって…
ちょうど冬休みに入ったし、もっと美優の所に来てもいいですか?」

「うん、いいよ。華ちゃんが来てくれると美優も元気が出るし、会いに来てやって。今日はありがと、気を付けて帰ってね。翔太もまたな」

そんな会話をして航也は忙しそうにナースステーションに戻っていった。


華と翔太の2人は、そのまま病院の出入口に向かい歩き出す。

「華ちゃんは本当に美優ちゃんのお姉ちゃんみたいだね。華ちゃんと美優ちゃんは、いつから友達なの?」

翔太が尋ねる。

「美優とは小学校からの友達で、家も近かったからいつも一緒にいて。友達って言うより、家族みたいな、同級生だけど、守ってやらないといけない妹みたいな感じですかね(笑)」

「そっか。美優ちゃんは幸せだね、華ちゃんみたいな友達がいてさ。華ちゃんと会ってる時の美優ちゃんは、すごくニコニコしてうれしそうだったな」

「そうですか?美優は私の大事な親友だし、家族も同然だから。美優が苦しんでる姿を見るの辛いけど、私が想像してるよりずっと美優は辛いし、寂しいと思うから…
でも鳴海先生が側にいてくれて本当に良かったって思ってます」

「うん、そうだね。航也は美優ちゃんのことになると、過保護過ぎる程、あれこれ心配してるから、その面では航也に任せといて大丈夫だよ(笑)」

「翔太先生は、院内学級の先生なんですよね?私、院内学級っていう所があること初めて知りました。私、将来は学校の先生になりたくて…なれるか分からないけど(笑)だから、病院の中に学校があるのってすごいなって思いました。美優みたいな入院している子の力に私も将来なりたいなって思いました」

「そう?興味持ってもらえて嬉しいよ。院内学級はさ、みんな同じ時間に同じ授業をする学校とは違って、一人ひとりの子供の体調だったり、治療に合わせて授業メニューを考えていくんだ。美優ちゃんも今はあんな様子だから、明日からは俺がベッドサイドに行って、美優ちゃんが出来そうな所から勉強見ていこうと思うんだ。
大変だけど、その分やり甲斐のある仕事だよ。華ちゃんなら、きっと良い先生になれるよ」

「なれるといいけど…」

「優しい華ちゃんなら、きっとなれるよ!院内学級にはさ、行事とかイベントの時にボランティアを募って、子供達と触れ合う機会があるから、その時に華ちゃんも来てみたらどう?」

「はい!ぜひ!またその時は教えてください。あと…美優のこと、よろしくお願いします」

「ありがとね。わかった、任せて。じゃあ、気を付けて帰るんだよ?」

そうして翔太は、病院の出入口で華を見送り、華は帰っていった。