〜次の日の朝〜
主治医の航也、病棟の看護師、翔太を含めた院内学級のスタッフで、美優のカンファレンスが開かれた。

院内学級に通う子供達の病状や日頃の様子を、スタッフ間で情報共有し、何かあった時にスムーズに連携が図れるように、こうした話し合いの場が定期的に持たれている。

院内学級がある日は、基本的に院内学級の先生が生徒の入院病棟へ回り、夜勤看護師から、夜間の様子やその日の体調などの申し送りを聞く。

これから美優が通うようになれば、翔太が病棟に顔を出す頻度も増えるだろう。

この病棟から院内学級に通うのは美優しかいなく、他の生徒はみんな小児科病棟の子供達らしい。


〜カンファレンス〜
「鈴風美優さん、高校2年生、難治性喘息で長期入院中です。現在の治療としましては……」

航也が美優の病状を説明し、参加者はメモを取っていく。

美優の病状としては、
点滴や吸入薬で発作をコントロール中だが、不安定な状況が続き、発作や発熱を繰り返していること。
発作からパニックや過呼吸に繫がりやすいこと。
薬の影響で食欲が低下したり、吐き気を起こす可能性があること。を伝える。

そして、航也にはもう1つ気掛かりなことがある。

以前、美優が点滴を自己抜去した際に出血が止まりにくかったこと。

採血の結果、血小板が正常値よりも低く、元々貧血もあるため、立ちくらみや出血に注意してもらいたいと伝えた。

血小板低下の原因は、血液内科の医師にも相談をした結果、やはり薬の影響の可能性が高いということだった。

その点も今後は、気を付けて見ていかなければならない。


〜カンファレンス後〜
「翔太、今日からよろしく頼むな」

「おう。美優ちゃんまだ体調が安定してないもんな。気を付けて見ていくよ」

2人はそんな会話をしながら、美優の病室に向かう。

「美優、おはよう」
「美優ちゃん、おはよう」

「航也、翔太先生、おはよう!」

美優の元気な声が聞こえて、2人とも安心する。

「美優ちゃん、今日からよろしくね」

「はい、よろしくお願いします」

「おっ!なんだか、今日はめっちゃ良い子じゃん」

「何それ〜?うるさいな〜。いつも良い子にしてるでしょ!」

「そうかぁ〜?」

2人のやり取りを見て、翔太が笑ってる。

「じゃあ、翔太と一緒に行く前に胸の音だけ聞かせて。ん、いいよ。ちょっと喘鳴聞こえるけど、苦しくない?」

「うぅん、苦しくないよ」

「そっか…」

「航也、今日はとりあえず美優ちゃんの体調見ながら、時間調整するわ。美優ちゃん?今日は初日だから、ゆっくりやっていこうね」

美優が頷く。

「あぁ頼む。それと美優、もう1つお話いい?」

「うん、なに?」

「今ちょっと発作が出やすくなってるって前に話したよね?
何かおかしいなって感じたら、すぐ翔太に言うんだよ。
あとね、今、薬の影響でちょっと血が止まりにくくなってるんだ。クラクラしたり、気持ち悪くなったら、ちゃんと翔太に教えて?できる?」

「うん、できるよ」

「うん。じゃあ、翔太よろしく。なんかあったらピッチに連絡して」

「わかった。じゃあ、美優ちゃん行こうか?」


〜院内学級にて〜
「美優ちゃん、案内するね。ここが美優ちゃん達の教室で、隣の部屋が小学生の教室ね。
あと、こっちの自習室は勉強したい時とか好きに使っていいからね。
教室の奥の部屋は、具合が悪くなった時に休む部屋になってるよ。
授業は朝9時から午後の2時半まで。院内学級に来る日は、昼食もここに運んでもらって、みんなで食べるからね」

「院内学級に来てる子は小学生が3人と、高校3年生の女の子がいるよ。美優ちゃん入れて合計5人かな」

「もっとたくさんいるのかと思った」

「うん、具合が悪くてここに来れない子もいるんだ。
そういう子は、俺たちがベッドに行って授業することもあるんだよ。美優ちゃんも熱が出たり、苦しくてここに来れない時は、先生が美優ちゃんのお部屋に行くから、無理しないようにね」

「そうなんだ」

翔太先生が廊下で説明してくれていると、向こうから賑やかな声が聞こえてきた。

「翔太先生、おはよー!」
小学生の3人が登校してきた。

「初めて見るお姉ちゃんだ!お姉ちゃんも病気なの?」

目をまんまるにして聞いてくる男の子はレン君って言うらしい。他の2人は、ほのかちゃんとみさきちゃんだと翔太先生が教えてくれた。

「うん、お姉ちゃんはね、息が苦しくなっちゃう病気なの。お姉ちゃんもみんなと一緒に勉強しに来るから、よろしくね」

「うん、やったー!お姉ちゃん後で遊ぼう?」
「私も!」
「みさきも!」

「こらこら、みんなの相手してたら、お姉ちゃん疲れちゃうでしょ?」

そんな会話をしていると、少し遅れて高校生の女の子がやって来た。

「あっ、きたきた。奈々ちゃんおはよう。今日から新しく来た美優ちゃんだよ、よろしくね」

翔太先生が声を掛ける。

「あっ!あなたが美優ちゃん?はじめまして、奈々です。翔太先生から新しい子が来るって聞いて、楽しみにしてたの。ずっと1人で退屈だったから、美優ちゃんが来てくれて嬉しい!」

フレンドリーな奈々ちゃんに少し圧倒されたけど、すぐに打ち解けることが出来た。

自己紹介を終えると、机に座るように言われて、翔太先生の授業が始まった。

奈々ちゃんとは学年が違うため、それぞれの学年に合ったワークを進める。

翔太先生は、美優の高校ではどの程度授業が進んでいるかを知りたいらしく、後で華に聞いてみることにした。

ワークで分からない所は翔太先生がその都度、教えてくれる。

初めてで少し緊張したけど、午前中の授業が終わった。

午前は現代文と数学をやった。

久しぶりに頭を使って疲れたけど、奈々ちゃんと休憩時間に色々話も出来て、充実した時間を過ごせた。

そこに翔太が戻ってきて、美優に声を掛ける。

「美優ちゃん、初めての授業で疲れたでしょ?具合は悪くない?」

正直少し疲れたけど…
まだ病室に戻りたくない…

「大丈夫です」
笑顔で返す。

でも本当に体調は何ともない。

「あんまり無理はさせられないけど、顔色も悪くないし、もうちょっと頑張ってみようか。
頑張るって言っても、午後はゆっくり本でも読んで過ごすのはどう?
今日は院内学級で過ごすことを目標にしてみよう。航也も喘鳴が聞こえるって言ってたしね」

翔太の提案に頷く美優。

1人ひとりの体調に合わせて、その子が出来そうな範囲で進めてくれるのは、やっぱり院内学級の良い所。

無理はしない!が鉄則らしい。

そして、お昼ごはんの時間。

お昼は、基本的に1つの教室に集まってみんなで食べる。

新しいお姉ちゃんが来て嬉しい小学生達は、誰が美優の隣で食べるかでケンカを始める。

「おいおい、お前ら(笑)お姉ちゃんがびっくりしてるだろ」

翔太先生が仲裁に入り、何とか落ち着いた(笑)

やっぱりみんなで食べるとにぎやかでいいな…

美優も自然と笑みがこぼれる。

しかし、美優の食欲はなかなか戻らず、一口一口を運ぶのがやっと。

見兼ねた翔太が声を掛ける。

「美優ちゃん、無理しなくていいよ」

これ以上食べると吐いてしまいそうだから、半分程食べて終わりにする。

休憩時間は、小学生はブロックで遊んだり、奈々ちゃんは携帯を見たりと、みんな自由に過ごしている。

そして、午後の授業が始まった。

奈々ちゃんは英語のワークをやっていて、美優は本棚から何冊か本を持って来て読み始める。

翔太は、奈々ちゃんを教えながらも、美優の様子に気を配りながら進める。

もうすぐ2時になろうかという時、美優の顔色が悪いことに気付く。

「美優ちゃん、ごめんね。ちょっと顔色が悪い気がするんだけど、気持ち悪くない?」

顔を上げた美優はやや涙目。

「…だいじょうぶです」

「そっか、美優ちゃんちょっと熱測ってみよう」

ピピピッ

「37.7か…ちょっと熱が上がってきたね。息は苦しい?」

「ごめんなさい…ちょっとだけ…」

「謝ることないよ、教えてくれてありがとね。ちょっと待っててね。奈々ちゃんは、そのままワーク続けててくれる?」

美優の様子に奈々も心配そうに見つめる。

しばらくして、翔太が戻ってきた。

「美優ちゃん、これから航也が来るから、奥の部屋のベッドに横になっていようか」

美優は素直にベッドに横になる。

目を閉じると、息苦しいのは気のせいじゃないんだと思い知らされる。

そのうちに航也と翔太先生が会話をしている声が聞こえた。

「翔太、わるいな」

「あぁ、いや、こっちこそ忙しいのにごめんな。奥の部屋のベッドで横になってる」

「ありがとうな」

美優が寝ているベッドのカーテンが開き、航也が入ってきた。

「美優、大丈夫か?熱出ちゃったんだって?どれどれ…」

航也の診察が始まる。

「うん、いいよ。この程度なら今、吸入すれば大丈夫だけど、熱も出てるから、今日はこのまま俺と病室に戻ろう?」

美優はこれ以上、翔太先生と奈々ちゃんに迷惑を掛けたくなくて、素直に頷きベッドから降りる。

まだ歩ける程度でよかった。

翔太先生にお礼を言って、奈々ちゃんに手を振って教室を後にする。

病室に戻ってきてから、吸入器を吸ってしばらくすると息苦しさが和らいできた。

疲れていたのか美優はそのまま眠りについた。


次に目が覚めて時計を見ると、まだ2時間しか経っていなかった。

「ハァ、ハァ、ハァ、ん〜、ハァ、ハァ、ん〜」

熱はさらに上がっているようで、辛くて身の置き場がない…

しばらくして、航也と看護師さんが入ってきた。

美優のうなり声に驚いた様子。

「美優?どした?」

「いや〜、ん〜ハァ、ハァ、あつい…ん〜ハァ、ハァ…」

美優は意識が朦朧としていて、顔を左右に動かし、うなされている。

「美優ちゃん、熱と血圧測らせてね」

看護師が血圧計を巻こうとすると、めずらしく抵抗する。

「いや〜ハァ、ハァ、しないの〜ゴホッ、やめて〜ハァ、ハァ、ハァ」

「美優?俺だよ、わかる?」

体温を測ると40度を超えている。さすがにヤバい。

航也は看護師に解熱剤と鎮静剤の指示を出し、うなされている美優を一旦眠らせることにした。