無事に呼吸器から離脱して、1週間が過ぎようとしていた。

離脱後は大きな発作を起こすことはなく、病状は安定している。

ただ1つ、航也には気になることがある…

ここ数日、美優の様子がおかしい。

看護師の記録を確認してみても、看護師の問い掛けに頷いたり、首を振るだけで、美優の発語があまり聞かれていない様子。


〜ナースステーションにて〜
「忙しい所、ごめんね。
鈴風さんの様子はどう?
何か変わったことはない?」

航也は看護師に尋ねる。

「あ、はい。今の所、喘鳴もほとんど聞かれませんし、呼吸状態もバイタルも落ち着いてます。食事も全量とまではいきませんが、半量〜3分の2ほど食べられています。吐き気もないようです。
ただ…以前に比べて表情が乏しいというか、本心で笑っていないような感じがします。
看護師の問い掛けに、ちゃんと反応は示してくれていますが、やっぱり、どことなく寂しい表情をしていて、元気がないような気がしますね」

「そうだよな、俺もちょっと気になってて。抜管後の喉の痛みで会話が少ないのかなと思ってたんだけど、もうそろそろ痛みも落ち着く頃だし…
ちょっと精神的な部分なのかなって気がするんだよね」

「そうですね。美優ちゃん、高校に復帰してからは、しばらく体調の方は安定してましたからね。久しぶりの大きな発作でしたし、今回は口から呼吸を助ける管が入ったりして、美優ちゃんにとっては初めての経験でしたから。病気のことも、学校のことも、色々なことが不安になっているのではないでしょうか…」

「うん、そうだよね、ありがとう。後で本人とゆっくり話をしてみるよ。忙しいとこ悪いけど、ちょっと頻回に様子見ててもらえる?今、目離すの…ちょっと心配だから。
俺の方も本人の様子見ながら、精神科のコンサル検討してみるよ」

「わかりました。他のナースにも申し送りをして、見回り強化しますね。
美優ちゃんのお部屋、ステーションの近くに移しましょうか?」 

「そうだね。今、その部屋田中さん入ってたよね?
田中さんだいぶ病状落ち着いてきてるから、病室移ってもらおうか?うん、うん、よろしく」

田中さんへの説明を看護師にお願いし、美優の病室に向かう。

ゆっくり扉を開けると、布団にすっぽり入って眠っているよう…

(ん?震えてる?)

よく見ると、かすかに布団が小刻みに揺れているのがわかる。

近付くと、美優のすすり泣く声がわずかに聞こえた。

「美優?俺だよ。どうした?苦しい?どっか痛い?」

優しく声を掛けるが、美優は頭まで布団にもぐり、出てこようとしない。

「美優?布団の中にいると酸素が無くなって、苦しくなっちゃうから出ておいで」

航也がゆっくり布団をめくると、そこには、点滴が引き抜かれ、血だらけのシーツが目に入った。

美優の顔は、涙でぐしゃぐしゃになって、少し息が上がってる。

「美優っ、点滴抜けちゃったのね、ちょっと腕見せてごらん?痛かったろ?」

航也はびっくりしたものの、美優を刺激しないように優しく声を掛け、刺入部を確認する。

針の挿入方向とは逆の方向に引っ張られて抜けたせいだろうか…なかなか出血が止まらない。

航也はナースコールで、点滴セットとシーツを持ってきてもらうように看護師に頼む。

看護師を待つ間、美優の出血部位をガーゼで押さえながら、流れ続ける点滴を止める。

美優はボーッとしていて、視線が合わない。

合わないというより、合わせないようにしてる感じ…

「美優、どうした?俺の目見てごらん?怒らないから、大丈夫だよ」

「…ごめんなさい」

美優は、下を向いたまま謝る。

「やっと美優の声が聞けた(笑)謝らなくていいんだよ。腕痛かったね、他に痛い所はない?」

美優は小さく頷く。

看護師が入ってきて、シーツを交換するため、ベッド脇の椅子に美優を移そうとしたその時、

グラっと美優の体が揺れ、後ろに倒れそうになった。

「おっと、危ないっ」

すかさず、航也が美優の体を支えて、転倒せずに済んだ。

「美優?大丈夫か?しっかり目開けてて」

美優の目がボーッとしている。

「先生、バイタル測りますか?」

「うん、そうだね、とりあえず血圧お願い」

航也は美優の手首をつかみ、脈を確認する。

(脈早いな…)

「血圧99/48です。いつもより低いですね。すぐにシーツ交換しちゃいますね」

「低いな。うん、俺体支えてるから、その間にお願い」

素早く看護師がシーツを交換してくれる。

「美優1回横になるよ。点滴が抜けた所から出血して、ちょっと出血量が多かったから、貧血になってると思う。気持ち悪くない?」

頷く美優を確認し、ベッドに寝かせる。

美優の出血傾向が気になる…

航也は、看護師に点滴の再挿入と採血の指示を出す。

今の美優をナースステーションから離れた部屋に置いておくのはやっぱり心配なため、1番近い部屋に移す。

「ここのお部屋?」

美優が不思議そうに聞いてくる。

「うん、ちょっと貧血出てるし、血圧も低いからね。しばらくこの部屋でお願い。嫌だった?」

「うぅん…平気」

美優はそれ以上話さない。

「美優?まだ点滴が必要だから、また針刺すけどいい?
痛いことばかりでごめんな」

美優は嫌と言うことも、抵抗することもなく、小さく頷き、腕を差し出してくれる。

抵抗しないのはありがたいけど、それはそれで問題だな…

それに、さっき点滴が抜けたのは恐らく美優が自己抜去したのだと思う…また抜かなきゃいいけど…

航也がしゃがんで美優と目線を合わせようとしても、やっぱり目を逸らされる…

点滴の処置を終え、美優に話しかける。

「美優?どうした?何か辛いことあったら、俺に話して?
喘息の方は、落ち着いているから、苦しいのは今あまり感じないでしょ?
喉の赤みも良くなってるから、お話しても痛くないでしょ? 体は少しずつ良くなってるのに、美優の元気がどんどん無くなっていくのは、主治医として放って置けないな。
ちゃんと美優の気持ち聞かないと…ピピピッ」

そう美優に話し掛けてる途中で、航也のピッチが鳴る。

(はぁ〜、大事な話してる時に…)

「はい、鳴海です。はい、はい、わかりました」

それは、救命センターのヘルプに来てほしいという電話だった。

「美優ごめん。俺、呼ばれちゃった。救急車で患者さんが運ばれて来るみたいだから、応援に行ってくるね。
終わったらまた戻ってくるから、そしたら美優のお話聞かせて?いいね?」

美優の反応は相変わらずだったが、航也は美優の頭をクシャとなで、部屋を後にする。

ヘルプに向かう前にナースステーションに寄り、看護師に美優の様子を伝える。

看護師が頻回に様子を見てくれるとのことで、美優を託して救命センターに走る。