「じゃあ私急用ができましたのでこれで! 水谷くん行くよ緊急事態!!」
「え、でも発売日ってまだ……」
「はやく! はやくしないと!」
もう少し冷静になっていれば。
落ち着いて考えることができていたのなら。
きっと私は、いまの段階で第二の仮説を立証できていただろう。
「先生も名高先生のファンなんですね! また語り合いましょー!!」
叫ぶようにして廊下を走る。
待ってて文庫本、いや名高先生。
今すぐ迎えに行きますからね!!
「廊下は走ってはいけませんよ」
と私たちの背中に向かって言う塩顔────数学教師の言葉を聞き流し、水谷くんの手を引いて駆ける。
「未理……たぶん大チャンス逃してると思うんだけど」
「え、なんのこと? 今そんな場合じゃないんだけど」
「……なんでもない」
呆れたように肩をすくめる水谷くんは、どこか嬉しそうだった。
そしてさらっと呼ばれた名前に、不覚にも胸がときめいた。
「おもしろ。んで……かっわい」
小さく呟かれた言葉は、私の耳には届くことはなかったけれど。
先生がいてくれるから、私の世界は色づいていく。
先生の小説があるから、どんなにつらいことがあってもまた立ち上がることができる。
先生の存在が、私に力を与えてくれる。
先生の連載があるから、私は───…。
「なんか嬉しそうじゃん」
「幸せそー」
通りすがりのお友達の声掛けに、私は思いきり叫ぶ。
「推し作家様、連載中につき、今日も私は幸せです!!!」
って。



