元彼専務の十年愛

あまり食欲はないんだけれど、せっかく用意してもらったんだからとピンチョスを少しつまむ。
その間に船はゆっくりと進み、ベイブリッジがどんどん近づいてくる。

「これ、橋の下をくぐるの?」
「ああ。いいタイミングで来られたな」

進行方向をじっと見つめてると、白い橋桁の下へ入り光が遮られる。
橋の下はこんなふうになっているのか、と妙に感心しながらそれを見上げた。
隣に座る颯太がくすくすと笑う。

「そんなに見上げたら首が痛くなるぞ」

顔が熱くなって口を尖らせた。これじゃ子どもみたいだ。

「だって、こんな景色を見ることってなかなかないから…」
「Uターンしてまたここを通るんだ。その時は進行方向にみなとみらいの夜景も一緒に見えるから、デッキが混み合うだろう。そうしたら下に行ってまたゆっくり何か食べようか」

颯太は何度もこのコースでのクルーズパーティーに参加しているんだろうか。
私は友人の結婚式でもない限り、クルーズ船自体一生縁がないというのに。
隣の颯太を盗み見ると、橋桁を抜けて再び差した光が、彼の凛々しい横顔を照らす。
そこにあの頃のあどけなさはもうない。
10年分成長し、大会社の経営を担う立派な大人だ。
感傷的な気持ちになるのは、現実味がないこの夜景のせいだろうか。
それとも、緊張してシャンパンを飲みすぎたんだろうか。