元彼専務の十年愛

出航してどのくらい経ったんだろう。
窓の外はずっと黒い海が広がっているだけだし、時間の感覚がない。
いつもより高いヒールの靴に慣れないのと、肩に力が入っているからなのか、全体的に筋肉痛のようになっている。
次第に頭がぼんやりしてきて、足元がふらついた。

「きゃっ」
「紗知!」

傾いた身体が、颯太に抱き止められる。

「ご、ごめん」
「顔色がよくないな。疲れただろ」
「ううん、大丈夫。ちょっと緊張して飲みすぎたみたい」

笑ってみせたけれど、颯太は様子を窺うようにじっと私を見つめた。

「デッキに出て外の空気でも吸おう。お腹も空いてるだろ。簡単につまめそうなものを取ってくるから、空いてるソファ席で待っててくれ」
「それなら私も——」
「いいから、無理するな」

颯太が厳しい表情を向けたため、小さく頷いた。
彼は「行ってくる」と足早に去って行く。
気を使わせて申し訳ないけれど、いつまでも颯太に心配をかけるわけにも、挨拶する相手に疲れた顔を見せるわけにもいかないため、素直に従って会場の奥に設置されたソファ席に腰を下ろした。