元彼専務の十年愛

「颯太、長崎さんのところは無難に避けられそうか?」
「ええ、お父様にはまだですが、このみさんとはさっきご挨拶したので。他にも何人かに彼女を紹介しているので、噂は広まっていくかと」
「あまり広まりすぎて、婚約破棄が後々の縁談に響かないといいんだが」
「婚約と言っても結納もしていない段階なんだから大丈夫でしょう」
「まあ、そういうことにしておこうか」

グラスを傾けて飲み干した社長が、気持ちよさそうに息を吐く。

「じゃあ、私もあとで長崎さんに挨拶してくるよ。フォローを入れておかないとな」
「お願いします」

社長は背を向けて去って行き、颯太がこちらを見る。

「驚いたか?悪いな。社長がパーティーに来るのを言ってなかった」
「ううん。全体ミーティングの時の印象と変わらない穏やかな方でびっくりした。入社式や研修でお会いした前社長は、その…なんていうか、威圧的な感じの方だったから」

言葉に詰まりつつ答えたのは、前社長は現社長の父親…つまりは颯太の祖父であり、それに対して悪口のような言い方をするのは気が引けたからだ。
けれど河田さんが以前言っていた通り、前社長が非道な印象だったのは確かで、当時この会社はブラック企業なんじゃないかと心配になったくらいだ。

「亡くなった前社長はとんでもない暴君だったからな。ついていけなくて辞める社員も多かった。一歩間違えば会社が潰れてたと思う。でも、現社長は真逆の性格なんだ」

颯太はさらりと言ってまた歩き出す。