元彼専務の十年愛

「こちらの女性が例の?」
「ええ」

視線が私に向き、ガチンと身体が固まったまま腰を折って頭を下げた。

「は、初めまして。有沢紗知と申します」
「有沢さんは総務にいるんだって?」
「は、はい。広報企画課に」
「そうか。今日はよろしく頼むよ」
「はい」

思いきり声が裏返る私に、くすくすと颯太の笑い声が降ってくる。

「就職面接じゃないんだから、そんなに硬くならなくて大丈夫だよ」
「だ、だって…」

今まで挨拶した人たちに対しても当然緊張はしていたけれど、私にしてみれば全く知らない相手なのだから、偉い人だという実感はそこまで強くはない。
けれど、この人は確かに私が勤める会社のトップであり、とんでもなく偉い人だという実感があるのだ。
縮こまったままちらりと社長を見ると、社長はなぜか珍しいものを見るような目を颯太に向けていた。
けれど、それはすぐに穏やかな表情に戻る。